深夜、鐘楼の見回りに向かう足が重かった。 見習い僧の俊海は、三日前から続く異変に怯えていた。夜になると、誰も撞いていないはずの梵鐘が鳴るのだ。最初は風か何かだろうと思った。しかし鐘楼に駆けつけても、撞木は元の位置に戻っている。縄も揺れていな…
寝室の窓の向こうには、墓地がある。 賃料の安さに負けてこのアパートを選んだのは失敗だったと、綾乃は毎晩のように思っていた。夫は夜勤続きで、夜にこの部屋にいるのは、ほとんど彼女ひとりだ。 その夜も、食器を洗い終えて、なんとなく寝室の窓を見た。 …
村の外れに、誰も近づかない石塔がある。 俺たち三人が肝試しでそこへ行ったのは、夏休みの終わりだった。懐中電灯の光が揺れる中、ユウキが石塔の表面を照らした。 「うわ、なんか彫ってあるぞ」 無数の名前が刻まれていた。古いものは文字が読めないほど風…
行商人の庄吉は、山と山を縫う古道を急いでいた。 峠を越える前に、雨が落ちてきた。 ぽつ、ぽつ、と肩に冷たいものが刺さる。 すぐに土の匂いが濃くなり、闇の中で雨音だけが膨らんでいく。 「勘弁してくれよ……」 荷車を引きながら見回すが、傘は一本も残っ…
終電を逃した夜、携帯の電池も切れていた。 慎也は遠回りになる踏切を渡るしかなかった。夜の十一時を過ぎ、街灯もまばらな道に人影はない。 カンカンカン、と警報音が鳴り響く。 遮断機が下りる直前、慎也は駆け込もうとして足を止めた。 線路の向こう側に…
面会室の扉を開けると、母は窓際のパイプ椅子に座っていた。 「お母さん、調子はどう?」 母は振り向かずに答えた。 「ああ、来てくれたの。ありがとう」 声が小さい。いつもより元気がないように見えた。私は母の隣に座り、持ってきた果物の入った袋を膝に…
夜の理科室で、新藤は採点作業をしていた。 コツ、コツ、コツ。 ペンを走らせる手が止まった。何か聞こえた気がした。 コツ、コツ、コツ。 音は人体模型の方から響いている。教室の隅に立つ、あの等身大の模型だ。昼間は生徒たちが面白がって触るが、夜は薄…