異形譚シリーズ(怪異系)
深夜二時の地下鉄ホーム。最終列車が去った後の静寂は、作業員の田村にとって日常だった。 「よし、今日も点検するか」 工具箱を手に、田村はホームの端へ向かう。線路とホームの隙間——そこに落ちた私物を回収するのも、彼の仕事の一つだった。 懐中電灯で照…
深夜、鐘楼の見回りに向かう足が重かった。 見習い僧の俊海は、三日前から続く異変に怯えていた。夜になると、誰も撞いていないはずの梵鐘が鳴るのだ。最初は風か何かだろうと思った。しかし鐘楼に駆けつけても、撞木は元の位置に戻っている。縄も揺れていな…
会社を辞めたのは三週間前だった。 理由は聞かれたくない。ただ、どこか遠くへ行きたかった。誰もいない場所で、何も考えずに過ごしたかった。 予約サイトで見つけた「民宿・花山荘」は、山奥にあった。評価は星三つ。コメントは一件もない。写真もぼやけて…
雨に濡れた男は、商店街の奥で明かりの灯る書店を見つけた。 「営業中」の看板が出ているのに、店内に人影はない。ドアベルが鳴り響く中、男は店に足を踏み入れた。 古い紙とインクの匂いが鼻を突く。天井まで届く本棚が迷路のように並び、薄暗い店内を複雑…
放課後の校庭は、赤く傾いた光に包まれながらも子どもたちの声が響いていた。 ただ、校庭の隅にある小さな祠のまわりだけは、空気が沈み、誰も近寄ろうとしない。 そこには古びた石像がひとつ置かれていた。形は人とも獣ともつかず、すり減った顔は泣いてい…
登山口には古い注意書きが貼られていた。 〈この谷の水は持ち帰らぬこと〉 青年は笑い飛ばし、湧き水をボトルに汲んだ。冷たさは心地よく、くだらない迷信にしか見えなかった。 夕暮れ。峠道を走る車は二本目の長いトンネルに差しかかる。入口脇には古い慰霊…
深夜二時を回った頃、タクシーの無線はすっかり沈黙していた。 街の灯りは眠りに落ち、交差点の信号だけが律儀に赤と青を繰り返している。 ハンドルを握りながら、運転手の佐藤は煙草に火をつけた。こういう時間帯は、退屈か、あるいは妙な客に当たるか、ど…
父の葬式が終わった夜、台所に小さな氷箱が置いてあった。 中には、銀色の魚が三匹。母が言うには、父の古い友人が持ってきたらしい。 艶やかな鱗がまだ光っている。港町で育った父は、生前よく魚を捌いては酒の肴にしていた。俺も何度か手伝ったことがある…
私のアパートの郵便受けは、薄い金属板の蓋を押し上げると、手を入れられる程度の隙間があるだけの簡素なものだ。 築三十年近い古い建物で、入居者は全八世帯。その中で若い女性は私だけだ。 夜遅くに帰ってくると、郵便受けの中に小さな茶封筒が入っていた…
あれは、三年前の夏の終わりだったと思う。 廃墟を専門に撮る知人の写真家がいた。 名は田村。 都市伝説マニアでもオカルト好きでもない、ごく普通の中年男だった。 古い工場や使われなくなった公民館など、どこか“人がいなくなった痕”の残る場所を好んで撮…
通学路の坂道は、朝になると生徒たちでにぎやかになる。 住宅地と学校を結ぶゆるやかな上り坂で、道幅は狭いが見通しは悪くない。 その日も、俺――中学二年の沢木は、いつものように坂を上っていた。 途中、下ってくる女子とすれ違った。 セーラー服の前を少…
町の外れ、地図にすら載っていないような古い山道を、兄妹が歩いていた。 小学五年生の智也と、三年生の麻子。 夏休みの自由研究で「地元の神社を調べる」ことにした二人は、資料館で見つけた古地図にだけ載っていた小さな神社へ向かっていた。 「ねえ……ほん…
これは、うちの子がまだ四歳だった頃の話です。 当時、私は育休中で、午後はよく近所の公園に連れて行っていました。 家から徒歩三分、道路を一本渡るだけの小さな公園です。 滑り台とブランコ、鉄棒に、奥の方には四角い砂場がありました。 その日もいつも…