うちの高校は山のふもとにある。校門を出て、東の坂を下りると、古い神社がある。
夏でも木陰が深く、参道は涼しい風が通る。そこから脇へ入った裏道には、昔から妙な言い伝えがある。
「鈴が鳴ったら、振り返っちゃだめ」
そう言われて育った。
なぜ振り返ってはいけないのか、誰に聞いても答えてはくれなかった。ただ、先輩や地元の大人たちは、その道を通る時、決して立ち止まらない。
私はその道を毎朝通っていた。近道だったし、特に怖いと思ったこともなかった。
高校2年の梅雨の終わり、ある朝、その道で鈴の音を聞いた。
チリン……と、かすかに。背中の後ろで、誰かが小さな鈴を鳴らしたような音だった。
風かとも思ったが、風の音ではなかった。金属同士が触れ合う、あの乾いた響き。
私は立ち止まった。背筋に、じんわりと冷たい感触が這い上がってくるのを感じた。
「……振り返るなよ」
どこかで聞いた言葉が頭をよぎった。私はそのまま歩き続けた。
その日から、毎朝のようにその音が聞こえるようになった。
決まって、同じ場所で。背中のちょうど真後ろ。
チリン……という一音だけ。近くもなく、遠くもなく。
友達に話しても、笑われた。「神経質なんじゃない?」って。
三日目の朝、私は試しに歩きながらスマホの録音アプリを起動してみた。
イヤホンで聞いても、何も入っていなかった。
でも、その音は確かにあった。
五日目。私は思いきって振り返ってみようかと思った。
けれど、鈴の音がした瞬間、背中に誰かの吐息のような感触がして、反射的に首をすくめてしまった。
振り返る勇気はなかった。
翌朝から、音はぱたりと止んだ。
代わりに、道の途中に立っている“何か”が視界の端に映るようになった。

白いシャツを着た誰かが、木の影に立っている。顔は見えない。
正面を向いたまま通りすぎると、視界の隅でその“誰か”がゆっくりとこちらを向くような気がした。
私は見ないふりをして、いつもより早足で歩いた。
そのうちに、気づいたことがある。
あの鈴の音は、「鳴っていた」のではない。
「誰かが、私の背後で鳴らしていた」のだと。
それに気づいたとき、ある奇妙な感覚にとらわれた。
私は――いつからここを通っていた?
思い返そうとしても、はっきりした記憶が曖昧だった。毎朝通っていたはずのこの道。
でも、通学路はもっと舗装されていたような気がする。
学校の友達の顔や名前も、昨日までは覚えていたのに、今はぼんやりとした影のようにしか浮かんでこない。
今朝、学校に着いても、誰にも話しかけられなかった。
教室も、どこか知らない部屋のように感じた。
それでも、私は誰にも何も言えなかった。
今も、この裏道を歩いている。
背中で、また――鈴の音がした。
でも今日は、振り返ってみようと思う。
……それがどういうことになるのか、わからない。
でも、なんとなく。もうすぐ、私の番のような気がする。
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