地元に「◯◯トンネル」と呼ばれる心霊スポットがある。
正式な名前はあるはずだが、地元の人間は誰もそう呼ばない。
通るたびに何かが減るとか、声だけが返ってくるとか、噂はいろいろあるけれど、唯一共通して語られるのがこれだ。
——行ったやつが、一人だけ帰ってこなかった。
俺とハマと森田は、高校時代からの悪友だ。
社会人になってからはそれぞれ別の仕事についていたが、休日になると集まっては心霊スポットを巡っていた。
スマホで撮影して動画サイトに上げれば、怖がってるだけでもある程度再生される。
ネタ半分、小遣い稼ぎ半分。そんな軽いノリだった。
「次、あの◯◯トンネル行こうぜ」
ハマがそう言ったのは、九月の終わり。夜風に少しだけ冷たさが混じりはじめた頃だった。
夜の11時。
俺たちは山道を登りきり、トンネルの入口に立った。
トンネルは想像以上に狭く、湿っぽい空気が胸の奥に絡みついてくる。
まるで、何かが喉に詰まったような不快感があった。
「おーい、行くぞー」
ハマが先に足を踏み入れ、俺と森田がその後に続いた。
内部は静まり返っていた。風もなく、音もない。
懐中電灯の光は、ぬめるような壁に吸い込まれていく。
「このトンネル、昔事故あったって噂だよな」
「うん。トラックが突っ込んで、歩いてた学生が……ってやつ」
俺が答えると、後ろを歩く森田は無言のままだった。
森田は昔から寡黙で、感情をあまり表に出さないやつだった。でも、それが今日は妙に不気味に感じた。
「おい、鏡あったぞ」
ハマがトンネルの左の壁を指差した。
錆びた凸面鏡が斜めに打ち込まれていて、ほとんど何も映らない。俺とハマが顔を寄せて覗き込んだ。
鏡の中に映っていたのは、ぼやけた俺とハマの顔だけ。
「……あれ? 森田は?」
俺が振り返ると、森田は確かにすぐ後ろにいた。懐中電灯の光が、その顔をちゃんと照らしている。
だけど——鏡には映っていなかった。

「やめろよ、そういう仕込み?」
ハマが苦笑する。
「角度のせいか?」
俺もそう言いながら、角度を変えてみた。でも何度見直しても、森田だけが映らない。
そして次の瞬間——鏡の中の“俺”と“ハマ”が、ほんのわずかに、口角を吊り上げた気がした。
まるで、こちらを嘲笑うように。
「戻ろう」
「うん……マジでここ、変だ」
俺たちは来た道を戻り始めた。森田も無言のまま、一定の距離を保ってついてくる。
気配も、足音もある。でも、存在感だけがどこか“ずれて”いた。
ふとした瞬間に、そこに“人間”がいないような錯覚を覚えるのだ。
やがて、出口の光が見えた。
俺が先にトンネルを抜け、生ぬるい山の夜風を吸い込んだ。
「……あれ?」
気づくと、ハマがいなかった。たしかに俺の前を歩いていたはずなのに、どこにもいない。
「ハマ? おい、どこだよ!」
トンネルに向かって叫ぶが、声は湿った闇に吸い込まれるだけだった。
そのとき、森田が俺の正面に立っていた。
いつの間に前に出たのか、わからなかった。
ただ、笑っていた。今まで一度も見せたことのない、妙に口元の重たい笑み。
「……お前……何なんだよ」
俺がそう問うと、森田は静かに答えた。
「また、探しに戻らなきゃ。次の“代わり”をね」
その一言で、すべてがつながった気がした。
——ここから出るには、誰か一人が“残らなきゃ”いけない。
森田はすでに、前回の“犠牲者”だった。
そして今度は、俺たちの中から新しい“残る人間”を決める番だった。
「ふざけんなよ……!」
気づけば、俺は森田を突き飛ばし、そのまま走っていた。
声にならない叫びが喉を擦る。耳の奥で、森田の声がぬめるように追いかけてくる。
「一人は、帰れないんだよ」
「誰かが、ずっと残っていなきゃ」
「だからさ……今度は、君の番だよ」
どれだけ走ったかわからない。
気がつけば、俺は車の中にいた。震える手でエンジンをかけ、山を一気に下った。
翌朝、警察に行った。
ハマが行方不明になったと伝えた。
でも信じてもらえなかった。動画も写真も、なぜかハマの姿だけが消えていた。
森田にも連絡がつかない。まるで、最初から存在していなかったかのように。
あれから半年が経った。
誰にも話していない。口に出すと、何かが現実になってしまいそうで。
そして——今日。
玄関に、小さな凸面鏡が置かれていた。
差出人もわからない。ただ、妙に新しく、ピカピカに磨かれていた。
その鏡を、俺は恐る恐る覗き込んだ。
そこには——俺の後ろに立つ、にやけたハマと森田の姿が映っていた。
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