二年前まで、うちの校庭の端には古びた放送塔があった。
鉄骨は赤茶け、スピーカーは空を向いたまま歪んでいた。
部活の集合や大会時のアナウンスで使われ、試合の時には山田先生の明るい声がいつも響いていた。
山田先生は陸上部とサッカー部を兼任する顧問で、口数は多くないが、誰かが部活帰りに雨に降られれば車で送ってくれるし、大会前には差し入れを持ってきてくれる人だった。
怒るときも声を荒らげず、ただ淡々と「次はやれるようにしろよ」と言うだけ。
無口なのに、どこか頼れる大人だった。
その山田先生が、ある朝の通勤途中、交差点でトラックに撥ねられて亡くなった。
あまりに急で、葬儀の時も実感が湧かなかった。
事故の三日後、練習を終えて片付けをしていると──
「気をつけて帰れよ」
頭上から、はっきりとした声が降ってきた。
山田先生の声だった。
俺も、周りの部員も一瞬動きを止めた。
笑い声も混じらず、無機質に響いたその言葉は、すぐに風にかき消された。
放送室には鍵がかかっていて、アンプも外されていた。
録音なんて残っているはずがない。
だが、グラウンドにいた全員がその声を聞いていた。
それから一年、出来事は忘れかけていた。
夏の大会前、野球部と陸上部が遅くまで練習していたとき、また声が流れた。
「気をつけて帰れよ」
笑いながら「今の聞いた?」と言った部員もいたが、その日の夜、彼らは次々と事故や怪我をした。
自転車で転倒、階段から落下、車との接触未遂──どれも命は奪われなかったが、偶然にしては出来すぎていた。
今年の秋。
サッカー部の副キャプテンになった俺は、部活終わりに一人で用具を片付けていた。
日が落ち、グラウンドの端がやけに暗く感じられたその時、耳の奥に低く湿った声が入り込んできた。
「……気を、つけて……帰れよ」
ゾワッと背中を冷たいものが這い上がる。
反射的に振り返ると、そこには何もない。
いや、正確には──足元から長く伸びる鉄骨の影があった。
存在しないはずの放送塔が、地面の影だけでゆっくりと形を組み上げていく。
スピーカーの影が俺の頭上で開き、息を吸い込むような音を立てた瞬間、視界が暗転した。
気がつけば校門の前に立っていた。
手はサビ色の粉で汚れ、靴は泥だらけ。
背後で、再び声がした。
「……気を、つけて……帰れよ」
やっと意味がわかった。
あれは優しさじゃない。
「まだ死ぬな」という意味だ。
“送ってやるのは、もっと後だ”という──

その夜、夢を見た。
真上から見下ろすような視点で、俺は鉄骨の影の中に立っている。
周囲には、亡くなったOBや先生たちが半透明の輪を作っていた。
最奥に山田先生の影が立ち、口だけがゆっくりと動く。
「……お前の番は、次だからな」
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