探索サークルのメンバー五人で、その廃ビルに入ったのは去年の冬だった。
地元では有名な心霊スポットで、十階建てのはずなのに「13階の扉がある」という噂があった。
噂では、エレベーターでは行けず、非常階段のさらに奥にあるらしい。
昼間でも薄暗いビルの中は、カビと埃の匂いが立ちこめていた。
まずエレベーターを試したが、押せるボタンは十階までしかない。
「ほらな」
先頭の杉山が笑った。
「問題は階段だ。非常階段の奥にあるんだってよ」
階段室の鉄扉を押し開けると、冷たい空気が流れ込む。
十階まで上ると、踊り場の奥に薄い通路が続き、その突き当たりに灰色の金属扉があった。
上部には手書きで「13」とだけ書かれている。
鍵はかかっていなかった。杉山が取っ手をひねると、きしむ音が廊下に響く。中は狭い階段。段差は異様に高く、上は闇に飲み込まれていた。
「行くぞ」
杉山の声に従い、俺たちは足を踏み入れた。
上るうちに、足音の反響が異様に響き始めた。
何分も経った気がして振り返った瞬間、全員が息を呑む。
――階段が、消えていた。
そこにはただ灰色の壁が立ちふさがっているだけだった。
渡辺が壁を叩く。鈍い音が響くだけだ。
「……戻れねぇ」
全員の顔から血の気が引いた。
引き返すという選択肢が、音もなく消えた瞬間だった。
結局、進むしかなかった。
どれほど上ったか分からない。
やがて小さな踊り場に黒い扉が現れた。
銀色のプレートには「13」と刻まれている。
杉山が笑みを浮かべ、「やっと着いたな」と言って扉を開けた。
――次の瞬間、俺たちは廃ビルの外に立っていた。
空は夕暮れ色に染まり、街は無人。車も人もいない。
安堵するはずだった。
だが、背中に冷たい何かが張りついている感覚が消えなかった。
皮膚ではなく、もっと奥――骨の内側に染み込むような存在感だ。
「……帰ろうぜ」
誰かが言った。
その声と同時に、全員の耳に「帰ったら駄目だ」という感覚が流れ込んできた。
声ではない。言葉でもない。ただ、確信だけがあった。
もし帰れば、それは一緒に来る。
家に入り、ベッドに横になり、朝目覚めた時、顔のすぐ横にそれが立っている未来が見えた。
俺たちは互いの顔を見合わせ、何も言わずに再びビルへ向かった。
理由は不要だった。
帰るより、もう一度入るほうが安全に思えた。
非常階段の奥。灰色の扉。
開ければ、またあの階段が続いている。
上る。視界が開ける。黒い扉。
開ける。――外。
昼と夜が何度も入れ替わっていた。
街は無人のままで、時計の針も止まったまま。
同じ階段、同じ扉、同じ外の景色。
杉山が呟いた。
「……もう、戻れない」

俺たちは今も上っている。
外に出ても、また同じビルの入口に立っている。
あの日、背中に張りついたものは、まだ離れていない。
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