放課後の校庭は、赤く傾いた光に包まれながらも子どもたちの声が響いていた。
ただ、校庭の隅にある小さな祠のまわりだけは、空気が沈み、誰も近寄ろうとしない。
そこには古びた石像がひとつ置かれていた。形は人とも獣ともつかず、すり減った顔は泣いているのか笑っているのかわからない。
子どもたちの間では、こう言い伝えられていた。
――夜になると、その石像は動くらしい。
四年生の達也と健太、美咲の三人は、祠の前に立っていた。
「本当に動くのかな」
美咲が小さく呟く。
「動くわけねぇだろ。石なんだぞ」
健太が腕を組む。
「……でもさ、この祠って何のためにあるんだろうな」
達也が言うと、美咲が少し顔を曇らせた。
「うちのおばあちゃんが言ってた。昔、この学校ができる前、この辺りに変な石がいっぱいあって……その中で一番大きいのを祀ることにしたんだって。夜になると子どもを連れていくから」
三人は顔を見合わせた。
冗談にしては妙に生々しい話だった。
夕陽が沈み、運動場から子どもたちがいなくなる。三人だけが祠の前に残った。
「そろそろ動く時間だな」
健太がわざと明るい声を出し、懐中電灯を照らす。
その光の中で、石像が微かに揺れたように見えた。
「なぁ……今、動いたよな」
達也が息を呑む。
カリ、と音がした。祠の中で、砂利が擦れる。
ずり、ずり、と石の足が地面を引きずる音が響いた。
石像が、ゆっくりと立ち上がる。
「逃げろ!」
三人は一斉に駆け出した。
教室へ駆け込み、息を切らしながら机に身を伏せる。追ってくる気配はない。
「な、なぁ……本当に動いたよな」
健太が青ざめた顔で言う。
「……誰にも言わないほうがいい」
美咲が震える声で言った。
「先生に言ったって、絶対信じてもらえない」
その夜、三人はろくに眠れなかった。
翌朝、教室に入ると、窓際に――石像が立っていた。
無機質な顔のまま、生徒たちの方をじっと見つめている。
まるで昔からそこにあったかのように、誰も気に留めない。
クラスメイトも先生も、当然のものとして受け入れていた。
だが、達也にはわかった。
――石像の視線は、教室の誰でもなく、自分ひとりにだけ注がれているのだと。
気づけば健太の姿はもうなかった。
窓際の石像は、片腕を失い、その断面が人肌のように生々しく見えた。
それから数日。
毎日ひとり、クラスメイトが消えた。
しかし誰も不審に思わない。
出席番号も名簿も、最初から存在しなかったかのように埋め合わされる。
ただひとり達也だけが、石像が変化していくのを見ていた。
顔は少しずつ整い、失われた子の表情を刻みこんでいく。
「……美咲?」
ある朝、石像は泣き笑いの顔をしていた。
だがそれは確かに美咲の顔だった。
恐怖に耐えかねた達也は、図書室で祠について調べた。
郷土史の古い冊子に、かすれた記録が残っていた。
――かつて村で、子どもが次々に消えた。
――「石の神」が子を喰らうと信じられ、村人はそれを祠に封じた。
――ただし、完全には抑えられず、時折「戻ってきた者」が混じる。
文字はそこで破れていた。
達也は震えながら本を閉じた。
翌朝。
教室には二十数人のクラスメイトが揃っていた。
だが達也の知っている顔は、もうひとつもなかった。

全員が、石像と同じ泣き笑いの表情を浮かべていたのだ。
「……やぁ、達也」
誰かが声をかけてきた。
それは健太の声であり、美咲の声でもあった。
だが口を開いたのは、クラス全員だった。
次の瞬間、達也の足が動かなくなった。
皮膚が冷たく硬くなり、石に変わっていく。
最後に見たのは、教室の隅に立つ新しい祠。
そこには、自分と同じ顔をした石像が並んでいた。
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