幽霊博士の実験記録──AIが綴るショートホラーと恐怖作品紹介

「ホラー小説×AI創作」──AIが綴る怪談短編と、恐怖を解剖する作品紹介。

都市怪談録#05「海鳴りのミラー」

ヘッドライトが波の白に切り裂かれ、海沿いの国道が細い刃物みたいに続いていた。夜風は塩で湿っていて、ヘルメットの中にまで潮の匂いが張りつく。

「この時間に走るんじゃなかったな」

誰にともなく呟き、スロットルを少し戻す。

途端に、エンジンが咳き込むみたいに震え、針が落ちた。慌てて回せば再び息を吹き返すが、アイドリングしない。速度を落とすと、止まる。

嫌な故障だ。けれど、明け方まで走れば町に出る。そう思って、回転数を保ったまま進む。

左手、真っ黒な海。白い線の向こうの闇が、時々、近い。

その闇の中で、赤が揺れた。

長い髪を水に貼りつかせ、膝の辺りまで海に浸かって、女が立っている。

真紅の服。彼女は肩を少し傾け、指を曲げたり伸ばしたりして、こちらに向かってゆっくり手招きしていた。

思わずブレーキに触れかけて、やめた。止まれば死ぬのは俺の方だ。エンジンが止まる。ここで押し歩きなんてできない。

視線を戻す。前を見る。女の赤は、視界から消える。

だが、左の後部ミラーにだけ、残った。

波打ち際に立つ赤が、けして遠ざからない。角度を変えても、伏せても、ミラーの中だけに、一定の距離で付いてくる。招く手が、指の一本一本まで濡れているのがわかる。

「……ふざけるなよ」

ミラーに向かって吐き捨てた。

前方にはもう女はいないのに、鏡の中だけに居座り続ける。速度を上げても下げても、まるで俺をあざ笑うように、一定のテンポで手を招き続けていた。

スロットルを開ける。針が上がる。風が強くなる。

それでも、ミラーの女は速度に無関係に揺れ、同じテンポで手を招く。

まるで俺の速度だけが世界から切り離され、彼女の手に合わせて鼓動しているみたいだ。

カーブが近づく。アスファルトに白い泡が這った跡。アクセルを戻せない。戻せば止まる。だが、このままでは曲がれない。

わずかに戻す。瞬間、エンジンがストンと死んだ。

ヘッドライトが暗くなる。潮騒だけが世界になる。

慣性で車体が傾ぐ。ブレーキを握る。重い。重い。滑る。

ミラーの中の海が、こちら側に張り出してきた。

彼女はもう腰まで水に浸かり、顔を上げてこちらを見ていた。

黒い目が、光を飲む。口元が笑う。招く指が止まり、手のひらを上に返す。来い、と。

「来ない」

歯がぶつかる音がした。セルを押す。応えない。押しがけしようにも、足元は海霧で濡れている。路面が生き物みたいにぬめり、スニーカーが低く鳴いた。

ミラーの女が一歩、こちらへ歩いた。水の抵抗で足が遅い。けれど確実に近い。ミラーの枠の中でしか起こらない音まで聞こえる気がする。ちゃぷちゃぷ、と。

俺はミラーを殴った。割れた。破片に、彼女の赤が小さく無数に映る。どの欠片の中でも、彼女は手を招く。その手が、鏡の縁を越えてこちらに届くように見えた。

 

 

右のミラーは無事だ。そこに、彼女がぴたりと張りつく。

「やめろ」

喉が焼ける。クラッチを繋ぎ、身体で車体を押す。惰性がついた瞬間、エンジンがかすかに息をする。スロットルを捻る。咆哮が戻り、光が戻る。

俺は逃げた。海から目をそらし、視界の端に赤を固定したまま、ただ、走った。

先に、コンビニの看板が浮かんだ。白い箱。駐車場にトラックが停まっている。人がいる。

助かる。

入り口に入るには速度を落とさねばならない。エンジンは止まる。止まれば、彼女が来る。

だが、明るい場所なら。人の声がする場所なら。ガラス越しの世界なら、きっと。

俺は、思い切り、スロットルを戻した。

闇が一度だけ深くなって、世界の音が全部、海になった。車体が止まる寸前で、俺は降り、惰性のまま押し、明かりへ滑り込んだ。

自動ドアが開く。冷たい空気。蛍光灯の音。人の匂い。胸が痛いほどの安心が、喉に上がる。

「すみません、バイクが——」

店員がこちらを見て、額に皺を寄せた。白いエプロン。若い男。彼の視線は、俺の肩の後ろで止まっている。

「お客さん、後ろ……」

振り返る。誰もいない。ガラスの向こう、暗い駐車場、波の白。何もない。

だが、ドアのガラスにだけ、赤い女が映っていた。すぐ背中に、顔が寄っている。濡れた髪が俺のジャケットに貼りついているように見えるのに、振り返ると何もない。

映り込みの中で、彼女は肩越しに俺の顔を覗き込みながら、ゆっくりと手を招いた。

「やめてください」

店員が後ずさる。

俺は逃げるように店を出た。ドアのガラスを通り抜けた瞬間、映っていた赤がドアの向こうに残り、俺の視界から消える。

だが、バイクに戻ると、右のミラーに彼女が再び現れ、駐車場のコンクリートの上に立っている。足元に海はないのに、彼女の膝から下が水になっている。コンクリの上に、濡れた跡だけが生まれては消えた。

その時、救いは来た。黄色い回転灯。レッカー車だ。通報していないのに、偶然か、誰かが呼んだのか。運転席の男が窓を開ける。

「調子悪いの? 積んでやるよ」

俺は必死で頷いた。人がいる。鏡から目をそらせる場所がある。車内なら、後ろを見なければいい。

バイクを荷台に固定し、俺は助手席に乗り込んだ。ドアを閉める。密閉された空気。人の体温。

「どこまで?」

「町のバイク屋で……どこでも……」

男は笑って、ゆっくりと車を出した。俺は深く息をした。手が震えている。右のミラーは視界から消えた。赤も、いない。

フロントガラスの上、ルームミラーが揺れた。

そこに、女がいた。荷台のバイクの後ろ、何もないはずの空間に立って、ガラスの中だけで水に浸かり、こちらへ手を招いている。

「おい、兄ちゃん」

運転手の声が低くなった。覗き込む横顔に、笑いが消えた。

「後ろの人、シートベルトしなくていいのか?」

「後ろ……?」

俺は咄嗟にルームミラーから目を逸らそうとした。

逸らせない。視線が、鏡に縫いつけられたみたいに動かない。女の指先が、ミラーの端をたどる。ガラスの内側から外側へ、薄い膜を押し広げるように。

ルームミラーの表面が、じわりと濡れた。

海の匂いが車内に広がる。床に、見えない水音が降る。運転手が叫んだ。

「おい! 何だこれ!」

俺は目を閉じた。閉じても、まぶたの内側にミラーが残る。女の指が、すでにこちら側にある。濡れた冷気が、首筋に触れた。

「助け——」

言いかけた声が、水に呑まれた。

息が重い。肺が満ちる。舌に塩が刺さる。ドアを開けようと手を伸ばすが、見えない流れが肘を引く。鏡の中の海が、車内と繋がっている。

運転手の手が俺の肩を掴む感触が、一瞬だけ確かだった。

次の瞬間、それすら滑った。

視界の隅で、ルームミラーの向こうの女が、もう手招きをやめていた。

彼女は静かに手のひらを下ろし、指で「こちらへ」と地面を撫でる。その地面はもはやアスファルトではない。深い、見えない底のある、冷たい水。

最後に、彼女の口元がまた、ゆっくりと笑った。

そして——エンジンが、完全に音をやめた。


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