俊介は今日も神社の石段を上っていた。手には握りしめた五百円玉。いつものように賽銭箱に投げ入れ、二礼二拍手一礼。
「今度のテストで赤点を取りませんように」
昨夜、友人の宿題を丸写しした。もちろん、そのことは神様に報告しない。
俊介にとって、神社は便利な場所だった。悪いことをするたびに参拝すれば、きっと帳消しになる。そう信じて疑わなかった。
小学生の頃から続けている習慣だ。同級生のランドセルを隠した翌日、万引きをした夜、人の悪口を言った後。必ず神社に向かい、頭を下げる。
今では高校三年生。大学受験を控えた俊介の悪行は、より巧妙になっていた。
「おい、俊介。また神社か?」
振り返ると、同じクラスの田中が立っていた。俊介の心臓が跳ね上がる。昨日、田中の彼女に告白して振られた直後、腹いせに田中の机に画鋲を仕込んだのだ。
「ああ、なんとなくね」
「お前、最近よく来てるよな。何か悪いことでもしてるのか?」
田中の笑顔が妙にゾッとする。まさか、気づかれているのだろうか。
「そんなわけないじゃん。受験祈願だよ」
「そうか。俺も一緒に拝んでいこうかな」
二人並んで賽銭箱の前に立つ。俊介は慌てて財布から小銭を取り出した。隣で田中も同じように硬貨を握っている。
カラン、カラン。
同時に響く金属音。二人は顔を見合わせて苦笑いした。
「何お願いしたんだ?」田中が聞く。
「合格祈願。田中は?」
「俺は...復讐かな」
俊介の背筋に冷たいものが走った。
「復讐?」
「最近、誰かが俺の机にいたずらするんだ。画鋲とか、教科書破いたりとか。犯人が分かったら、絶対に許さない」
田中の目が細くなる。俊介は必死に平静を装った。
「それは...ひどいな」
「ああ。でも大丈夫。神様が必ず犯人を教えてくれる。そして、相応の報いを与えてくれるはずだ」
その夜、俊介は眠れなかった。田中の言葉が頭から離れない。もしかして、本当に気づかれているのではないか。
翌朝、学校に着くと校内が騒然としていた。
「田中が階段から落ちて入院したらしい」
クラスメートの会話が耳に入る。俊介は安堵した。これで画鋲の件も有耶無耶になる。
しかし、その安堵は長くは続かなかった。
昼休み、俊介は一人で神社に向かった。今度は田中の回復を祈るつもりだった。いつものように石段を上り、賽銭箱の前に立つ。
硬貨を投げ入れようとした瞬間、背後から声がした。
「俊介」
振り返ると、包帯だらけの田中が立っていた。松葉杖をついている。
「田中...入院してるんじゃ」
「抜け出してきた。どうしても君に話したいことがあってね」
田中の顔は青白く、目が異様に光っている。
「神様が教えてくれたんだ。犯人の名前を」
俊介の手が震えた。五百円玉が地面に転がる音がやけに大きく響いた。
「俊介、君だったんだね」
「違う、僕は...」
「嘘をついてはいけない。神様の前で」
田中がゆっくりと近づいてくる。松葉杖の音がコツン、コツンと石畳に響く。
「実は、僕も君と同じだったんだ。悪いことをするたびに、ここに来て謝っていた」
俊介は後ずさりした。
「でも違っていた。神様は許してくれるんじゃない。全部記録してるんだ。そして、いつか必ず清算させられる」
田中の口元が歪んだ笑みを作る。
「君が僕にした仕打ち、全部だ。小学生の頃の万引きも、中学時代の嘘も、つい最近の画鋲も」
「そんなことを知ってるわけが...」
「神様が教えてくれたんだよ。夢の中で。君がここに来るたびに積み重ねてきた罪を、全部ね」
俊介は賽銭箱に背中を押し付けられた。逃げ場がない。
「だから僕は決めたんだ。神様の代わりに、君に罰を与えることを」
田中が松葉杖を振り上げた瞬間、俊介は目を閉じた。
しかし、痛みは来なかった。
恐る恐る目を開くと、田中の姿はない。まるで幻だったかのように。
俊介は慌てて神社から走り去った。きっと幻覚だったのだ。入院中の田中がここにいるはずがない。
翌日、学校で田中の見舞いに行った同級生から話を聞いた。
「田中のやつ、昨日の夜から高熱で意識不明なんだって。病院で『俊介』って名前をずっとうわ言で言ってるらしい」
俊介の血の気が引いた。
あの時、神社にいたのは一体誰だったのか。
それから一週間後、田中は回復して学校に戻ってきた。しかし、俊介を見る目が明らかに違っていた。まるで全てを知っているかのような、不気味な微笑みを浮かべている。

俊介は再び神社に足を向けた。今度こそ、本当に心から謝罪しようと思ったのだ。
石段を上り、いつもの場所に立つ。深呼吸をして、賽銭箱に向かって頭を下げた。
「今まで悪いことばかりしてすみませんでした。もう二度と...」
突然、背後から複数の足音が聞こえた。
振り返ると、今まで俊介が嘘をつき、騙し、傷つけてきた人たちが列を作って立っていた。
小学校の同級生、中学時代のクラスメート、高校の友人たち。みんな同じような青白い顔をして、同じような不気味な笑みを浮かべている。
一番前に立つ田中が口を開いた。
「神様がお呼びです、俊介君」
俊介は振り返った。賽銭箱の奥、薄暗い拝殿の向こうから、何かがこちらを見つめているのを感じた。
今度こそ、清算の時が来たのだ。
俊介の悲鳴が、静寂な神社に響き渡った。しかし、翌日になると、まるで何事もなかったかのように日常が続いていく。
ただし、神社の賽銭箱に新しい五百円玉が一枚、毎日投げ込まれているという。
誰が投げ入れているのか、誰も知らない。
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