雄介は息を切らしながら、懐中電灯の光を足元に向けた。山道は予想以上に険しく、目的のトンネルまでまだ距離がある。
友人たちとの肝試しの約束だった。廃トンネルで一人きりで一時間過ごし、証拠の動画を撮って帰る。簡単な挑戦のはずだった。
ようやく見えてきたトンネルの入り口は、まるで山が口を開けているようだった。コンクリートの表面には長年の風雨で黒いシミが浮かび、入り口付近には枯れ葉が積もっている。
雄介は携帯でライブ配信を開始した。画面には視聴者が三人だけ表示されている。
「えー、今から例のトンネルに入ります」
声が妙に響く。トンネル内部は思ったより奥行きがあり、懐中電灯の光が届かないほど深い。壁は湿気でぬめりとし、足元には水溜まりが点在していた。
十メートルほど進んだところで、雄介は立ち止まった。奥から何かの音が聞こえる。水滴が落ちる音だろうか。それとも風の音だろうか。
「聞こえます?何か音が」
配信のコメント欄には「何も聞こえない」「気のせいじゃない?」という文字が流れる。
さらに奥へ進む。トンネルの中央付近で、雄介は振り返った。入り口の光が小さな点にしか見えない。ここで一時間待機すればいい。
彼は壁にもたれかかり、配信を続けながら時間を潰そうとした。
「特に何もないですね。ただの古いトンネルです」
そのとき、奥の闇から声が響いた。
「わたし、きれい?」
雄介の血が凍った。女性の声だった。甘く、しかし何か歪んだ響きがある。
「誰かいるんですか?」
雄介の声は震えていた。懐中電灯を奥に向けるが、光は闇に吸い込まれるように消える。
「わたし、きれい?」
同じ声が繰り返される。今度はより近くから聞こえた。
配信画面には「やばくない?」「逃げろ」というコメントが流れ始める。
雄介は後ずさりした。足音が水溜まりで響く。
「答えて。わたし、きれい?」
声はさらに近づいてくる。だが姿は見えない。まるで闇そのものが話しているかのようだった。
「き、きれいです」
雄介は震え声で答えた。口裂け女の都市伝説を思い出していた。きれいと答えれば殺される。きれいじゃないと答えても殺される。だが恐怖で思考が麻痺し、反射的に一番無難だと思える答えが口をついて出てしまった。
沈黙が続いた。雄介は息を殺して立ち尽くしている。
「うそつき」
声が耳元で囁いた。
雄介は悲鳴を上げて走り出した。懐中電灯の光が乱れ、配信画面も激しく揺れる。足音が後ろから追ってくる音がする。
入り口の光が見えた。もう少しだ。
「まって」
声が背後から響く。泣いているような、哀願するような声音だった。
雄介は振り返らずに走り続けた。ついにトンネルから飛び出し、山道を必死に下る。
車に辿り着き、エンジンをかけて一気に山を降りた。家に着くまで、雄介は後ろを振り返ることができなかった。
家で配信を確認すると、視聴者からのコメントが残っていた。
「最後、女の人が映ってたよ」
「トンネルの入り口に立ってた」
「顔、おかしくなかった?」
雄介は急いで録画を見返した。自分がトンネルから出る瞬間の映像。確かに入り口付近に人影が映っている。
女性の後ろ姿だった。長い黒髪で、白い服を着ている。
雄介は画面を一時停止し、拡大した。
女性がゆっくりと振り返る瞬間が映っていた。
顔の下半分が大きく裂けていた。耳まで切れた口が三日月のように歪み、中から白い歯がのぞいている。

だが最も恐ろしかったのは、その女性が雄介を見つめながら、ゆっくりと手を振っていることだった。
まるで別れの挨拶のように。
雄介は自分の部屋で、まだ興奮冷めやらぬまま椅子に座り込んでいた。あの恐怖から逃れられたという安堵感が、ようやく心を落ち着かせ始めていた。
震える指で動画を削除した。だが、削除した直後に携帯に着信があった。
非通知番号だった。
恐る恐る出ると、聞き覚えのある声が響いた。
「また会えて、うれしい」
電話の向こうで、何かを舐める音が聞こえた。
雄介は電話を切り、電源を落とした。
しかし部屋の窓ガラスに、誰かが指で文字を書く音が響き始めた。
外を見ると、何もない。
だが曇ったガラスには、内側から文字が浮かび上がっていた。
「わたし、きれい?」
雄介が恐る恐る振り返ると、部屋の隅に長い黒髪の影がゆらりと立っていた。
「今度は、ちゃんと見て答えてね」
甘い声が部屋に響く中、雄介の視界は次第に暗くなっていった。
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