最初に気づいたのは、三週間ほど前のことだった。
いつものように朝のゴミ出しをして、透明な袋を集積所に置いたとき、隣に置かれた袋が目に入った。中身が透けて見える。
白菜の切れ端、豚肉のトレー、豆腐のパック。
昨夜、私が捨てたものと同じだった。
偶然だと思った。鍋の季節だし、同じような献立になることはある。この団地には三十世帯が住んでいる。誰かと被ることくらい、珍しくない。
でも翌週、また同じことが起きた。
今度は鮭の切り身が入っていたパック、キャベツの芯、納豆の容器。全部、私が前日に捨てたものだ。銘柄まで同じ。スーパーのシールも同じ店のものだった。
心臓が嫌な音を立てた。
誰かが私の真似をしている。
そう思った瞬間、背筋が凍った。でも、よく考えれば不自然だ。誰が、なぜ、私の買い物を真似る必要がある? 近所に住む主婦が、たまたま同じ店で同じものを買っただけかもしれない。
私は自分に言い聞かせた。
それからは、ゴミを出すたびに周りの袋を確認するようになった。誰のゴミかわからないように、わざと時間をずらして出すようにもした。
けれど、必ず、私と同じゴミが置かれていた。
卵のパック、牛乳の紙パック、バナナの皮。何もかもが一致していた。
私が火曜日にゴミを出せば、同じものが隣にある。木曜日に出せば、またそこにある。
ある日、試してみることにした。
普段は買わないものを買った。輸入食材店でフランス産のチーズ、オーガニックのトマト缶、見たこともない銘柄のパスタ。レシートをポケットに入れて、その日の夜、パッケージを全部捨てた。
翌朝、ゴミ捨て場に行った。
手が震えた。
そこに、同じチーズの箱があった。同じトマト缶、同じパスタの袋。
誰かが私を監視している。
買い物の中身を、どこかで見られている。
恐怖が全身を駆け抜けた。警察に行くべきだと思った。でも何を言えばいい? 「誰かが私と同じゴミを捨てるんです」なんて、笑われるだけだ。
それに、もしかしたら——。
もしかしたら、私の思い違いかもしれない。記憶が混乱しているだけかもしれない。
そう思いたかった。
でも翌週、決定的な何かが起きた。
私は夫の誕生日に、特別なワインを買った。小さな酒屋で取り寄せてもらった、ラベルに手書きの文字が入った一本だけのボトル。その晩、二人で飲み干して、空き瓶を捨てた。
翌朝、集積所にそのワインの瓶があった。
同じラベル。同じ手書きの文字。
世界に一本しかないはずの、あの瓶が。
叫びそうになった。
誰かが、私の家の中まで監視している。
いや、違う。もっと恐ろしい可能性が頭をよぎった。
誰かが私の家に入っている。私が寝ている間に。
鍵を全部取り替えた。防犯カメラをつけようと夫に相談した。
「ゴミが同じだから?」
夫は笑った。
「気にしすぎだよ。誰も君のゴミなんか見てない」
でも夫にはわからない。あの瓶のことは言えなかった。言ったら、私が本当におかしくなったと思われる。
それから数日、私は一切ゴミを出さなかった。家の中にゴミ袋を溜め込んで、誰にも見られないように隠した。
でも限界が来た。
昨夜、どうしても捨てなければならなくなった。真夜中の二時、誰もいない時間を狙って、こっそり集積所に行った。
袋を置いて、すぐに立ち去ろうとした。
その時、街灯の光で、もう一つの袋が見えた。
私のすぐ隣に置かれた、透明な袋。
中身を見た瞬間、息が止まった。
それは、今まさに私が捨てたばかりのものと、完全に同じだった。
同じ魚の骨、同じ野菜の切れ端、同じ——。
違う。
これは、私が今日捨てたものじゃない。
私がこれから捨てる予定だったものだ。
冷蔵庫にまだ残っている、明日使う予定の食材の、パッケージだった。
頭の中が真っ白になった。
誰かが、私の未来を知っている。
私がこれから買うものを、先に捨てている。
足が動かなくなった。
――その時、背後で何かが動く音がした。
振り返ることができなかった。
でも、わかった。
そこに立っているのは誰かじゃない。
それは——私だった。
同じ服を着て、同じ袋を持った、もう一人の私。
私の手に握られたゴミ袋の“赤い紐”が、夜の闇の中でかすかに光っていた。
その赤が、現実と幻の境界を裂くように見えた。

街灯の光の外、もう一人の私は顔を影に沈め、微動だにせずこちらを見つめていた。
空気が歪んで、音が消えた。
私は叫びながら走って逃げた。家に駆け込んで、鍵を全部かけた。
夫が起きてきた。
「どうしたの?」
説明できなかった。
ただ震えながら、窓の外を見ていた。
暗闇の中に、誰かが立っている気がした。
今朝、ゴミ捨て場に行った。昨夜の袋はもう回収されていた。
でも、新しい袋が置かれていた。
中を見て、膝から力が抜けた。
そこには、今日の朝食で食べたものの残骸が入っていた。
まだ家の中のゴミ箱に入っているはずの、食べ終わったばかりのトーストの耳、ヨーグルトの容器。
私はまだ、それを捨てていない。
家に戻って、ゴミ箱を確認した。
空だった。
いつの間にか、誰かが持ち出していた。
いや、違う。
誰かじゃない。
私が、持ち出したんだ。
もう一人の私が。
鏡を見た。
そこに映っているのは、本当に私なのだろうか。
それとも、私が、誰かの真似をしているだけなのだろうか。
わからない。
わからなくなってしまった。
ゴミ捨て場に、また新しい袋が増えている。
今日、まだ買い物にも行っていないのに。
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