幽霊博士の実験記録──AIが綴るショートホラーと恐怖作品紹介

「ホラー小説×AI創作」──AIが綴る怪談短編と、恐怖を解剖する作品紹介。

異形譚#11「二人の女将」

会社を辞めたのは三週間前だった。

理由は聞かれたくない。ただ、どこか遠くへ行きたかった。誰もいない場所で、何も考えずに過ごしたかった。

予約サイトで見つけた「民宿・花山荘」は、山奥にあった。評価は星三つ。コメントは一件もない。写真もぼやけていて、建物の全容すらよく分からなかった。だが、それがいい。こんな宿なら、誰にも会わずに済むだろう。

携帯の電波が途切れたのは、山道に入って三十分ほど経った頃だった。

カーナビも使えない。俺は道路脇の古びた看板だけを頼りに、さらに奥へと車を走らせた。

日が傾きかけた頃、ようやく目的の建物が見えた。

木造二階建て。外壁の塗装は剥げ、庭は雑草に覆われている。玄関の引き戸を開けると、土間の奥から女将が現れた。

「いらっしゃいませ」

五十代くらいだろうか。紺色の割烹着を着た女性が、深々と頭を下げた。

「予約していた田中です」

「はい。お待ちしておりました」

女将は俺を二階の部屋へ案内した。階段の軋む音が妙に大きく響く。廊下には他の客室のドアが並んでいたが、どれも閉ざされていた。

「今日は他にお客様は?」

「いえ、田中様だけです」

「従業員の方は?」

「私一人で切り盛りしております。主人は三年前に亡くなりまして」

女将は淡々と答えた。表情に影はない。

案内された部屋は六畳ほどの和室だった。窓からは山の斜面が見える。夕暮れの光が、木々の間から差し込んでいた。

「夕食は七時にお持ちします」

女将は笑みを浮かべて部屋を出て行った。

俺は荷物を置き、浴衣に着替えた。時刻は六時半。風呂にでも入るかと部屋を出ると、廊下の突き当たりに人影が見えた。

紺色の割烹着。

女将だ。

彼女はこちらを見ていた。じっと、動かずに。俺が一歩踏み出すと、女将はゆっくりと廊下の角に消えた。

風呂は一階の奥にあった。古い檜風呂で、湯加減はちょうどよかった。二十分ほど浸かって上がると、脱衣所の扉が少しだけ開いていた。

入る時は確かに閉めたはずだ。

首筋に冷たいものが走る。俺は急いで服を着て、二階へ戻った。

部屋に入ると、既に夕食が並べられていた。

まだ七時前だ。

膳には焼き魚、煮物、汁物が並んでいる。湯気が立っていた。温かい。

「失礼します」

背後から声がした。

振り返ると、女将が立っていた。

「お食事、お済みになりましたか?」

「いえ、今戻ったところです」

女将は不思議そうな顔をした。

「でも、お膳は……」

彼女の視線が畳の上の食事に向けられる。そして、はっとした表情を浮かべた。

「申し訳ございません。私、お持ちしたことを忘れておりました」

女将は膳を持ち上げようとした。俺は慌てて手を伸ばした。

「あ、大丈夫です。このままいただきます」

「そうですか。では、ごゆっくり」

彼女は一礼して部屋を出た。

俺は箸を手に取った。だが、喉を通らない。さっきの女将の反応が引っかかっていた。

食事を運んだことを忘れていた?

それとも、運んだのは別の誰かなのか?

箸を置き、廊下に出た。階段を下りて、一階の奥へ向かう。突き当たりの襖を開けると、そこは台所だった。

女将がいた。

背中を向けて、まな板の前に立っている。包丁で何かを切る音が規則的に響いていた。

「あの、すみません」

声をかけても、女将は振り返らない。

トン、トン、トン。

包丁の音だけが続く。

「女将さん」

もう一度呼びかけた瞬間、女将の動きが止まった。

ゆっくりと、こちらを振り返る。

彼女は笑っていた。

だが、その目は笑っていなかった。見開かれたまま、一度も瞬きをしない。

「何か御用でしょうか」

俺の背筋が凍った。

「いえ、なんでも……」

後ずさりして台所を出た。階段を駆け上がり、部屋に戻る。鍵をかけて、布団に潜り込んだ。

瞬きをしない目。

あれは何だったんだ。

夜中、物音で目が覚めた。

廊下を歩く足音。一定のリズムで、こちらへ近づいてくる。

部屋の前で止まった。

襖の向こうに、人の気配。

「田中様」

女将の声だ。

「お布団の具合は、いかがですか」

時計を見ると、午前二時を回っていた。

こんな時間に、布団の具合を聞きに来るのか?

苛立ちが込み上げてきた。それとも、何かの嫌がらせなのか。わざわざ客を起こしに来るような宿があるか。

「大丈夫です」

声が少し強くなった。早く行ってくれ。

「そうですか。何かございましたら、いつでもお呼びくださいませ」

足音が遠ざかっていく。

俺は布団を頭まで被った。だが、眠れない。

しばらくして、また足音が聞こえた。

今度は階段を上る音。ゆっくりと、一段ずつ。

そして、また部屋の前で止まる。

「田中様」

また女将の声。

「お布団の具合は、いかがですか」

全く同じ言葉。

同じ抑揚。

同じ時刻に、二度も?

背中に冷たい汗が流れた。さっきの苛立ちが、恐怖に変わる。

俺は答えなかった。

「田中様」

もう一度、呼びかける。

返事をしなければ、いつまでもそこにいるつもりなのか。

「……大丈夫です」

「そうですか。何かございましたら、いつでもお呼びくださいませ」

足音が遠ざかる。

だが、今度は階段を下りる音は聞こえなかった。

廊下の奥で、誰かが立っている気配がする。

朝、目が覚めると七時を過ぎていた。

部屋を出ると、女将が廊下で雑巾がけをしていた。

「おはようございます」

彼女は明るく挨拶してきた。普通の女将の顔だ。昨夜のことが嘘のようだった。

「朝食の準備ができております」

一階の食堂に案内された。テーブルには既に朝食が並んでいる。

食事を終え、会計を済ませた。早くここを出たかった。

「お気をつけて」

女将が玄関先まで見送ってくれた。

車に乗り込み、エンジンをかける。バックミラーで玄関を見ると、女将が手を振っていた。

車を走らせ、山道を下り始めた。

カーブを曲がった時、対向車とすれ違った。一瞬だったが、助手席に見えた。

紺色の割烹着を着た女性。

さっきまで玄関にいたはずの、女将だった。

急ブレーキを踏んで車を止めた。バックミラーを見る。対向車は既に見えない。

気のせいだ。そう思いたかった。

だが、次の瞬間、背筋が凍りついた。

ルームミラーに映っている。

後部座席に、誰かが座っている。

紺色の割烹着。

ゆっくりと視線を上げると、鏡の中で目が合った。

女将が、そこにいた。

見開かれた目で、じっとこちらを見つめている。

一度も、瞬きをせずに。

「お忘れ物ですよ」

彼女の手が伸びてきた。掴まれた肩が、氷のように冷たかった。

俺は叫ぼうとした。だが、声が出ない。

鏡の中の女将が、笑っている。

その瞬間、後部座席を振り返った。

誰もいなかった。

空席だ。

安堵の息をつく。幻覚だったのか。

だが、肩にはまだ、あの冷たい感触が残っている。

そして気づいた。

助手席のシートに、紺色の布切れが置かれていた。

割烹着の、袖の部分だった。

山の奥から、二つの人影がこちらを見ていた。

 

 

同じ顔。

同じ割烹着。

二人とも、まったく瞬きをせずに。


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