幽霊博士の実験記録──AIが綴るショートホラーと恐怖作品紹介

「ホラー小説×AI創作」──AIが綴る怪談短編と、恐怖を解剖する作品紹介。

妖異抄#09「雨夜の化け傘」

行商人の庄吉は、山と山を縫う古道を急いでいた。

峠を越える前に、雨が落ちてきた。

ぽつ、ぽつ、と肩に冷たいものが刺さる。

すぐに土の匂いが濃くなり、闇の中で雨音だけが膨らんでいく。

「勘弁してくれよ……」

荷車を引きながら見回すが、傘は一本も残っていない。

さっき町で、最後の一本まで売り払ってしまったのだ。

道の脇はすぐ崖で、踏み外せば谷底だ。

空は墨を流したように黒く、杉の梢がその上をすりガラスみたいに覆い隠している。

その時、前方の闇に、白い輪がふっと浮かんだ。

道端に、古びた和傘が一本、開いたまま立っている。

骨は歪み、紙はところどころ破けているが、まだ雨は防げそうだった。

「変なところに置いてやがる」

庄吉が近づいても、周りに人影はない。

荷車のきしむ音と、雨が土を叩く音しか聞こえない。

「……借りるぞ」

そうつぶやき、柄に手を伸ばした瞬間、和傘は勝手にぐるりと回った。

人を迎えるように、庄吉の頭上へぬるりと滑り込む。

誰も持っていないのに、開いたまま、ふわりと浮いている。

「……風の、せいだ」

そう言い聞かせ、庄吉は震える指で柄をつかんだ。

頭上を覆う布に、雨粒がぱらぱらと弾ける。

顔に叩きつけていた冷たさが消え、かすかな安心が喉を通った。

そのときだ。

柄が、生き物の尻尾のようにしなった。

「おい」

庄吉の意思と関係なく、柄は道の正面ではなく、左の暗がりへぐい、と庄吉を引っ張る。

そこは崖のはずだ。

逆らうと、骨がぎしりと鳴り、どこかで笑いをこらえるようなひそひそ声がした。

「こっち、こっち」

庄吉は手を離した。

だが傘は落ちない。

柄の先で地面をちょん、と突き、独りでに歩き出した。

暗い古道を、ぽつりぽつりと濡れた紙が揺れながら進んでいく。

置いていかれまいと、庄吉は無意識に後を追った。

やがて崖際に、小さな祠が現れた。

苔むした石段の上に、歪んだ屋根。

その軒からぶら下がる数十足の古い草履が、風もないのにゆらゆら揺れている。

さきほどの傘は、祠の前で止まり、くるりと庄吉の方へ向きを変えた。

「……雨宿りくらい、させてもらうか」

そう言って石段を上がると、背後でざあ、と雨脚が強くなった。

祠の戸は勝手に開いた。

中は暗いが、不思議と何がどこにあるのかは見える。

狭い空間の四方の壁一面に、傘が掛けられていた。

骨だけになったもの、紙が半分剥がれたもの、柄が折れてぶら下がっているもの。

何十本もの傘がぎゅうぎゅうに並び、天井の梁からも逆さに吊られている。

湿った紙と、長く乾かない布の匂いが、喉にまとわりついた。

「旅のお方」

奥から声がした。

灯りもないのに、細い人影が浮かび上がるように近づいてくる。

白い着物を着た、やせた老人だ。

顔は、深くかぶった笠の影で見えない。

「ここは置き傘の社じゃ。

道で忘れられた傘を集めてな、雨の日だけ開ける」

老人はかすれ声で笑った。

「冷えただろう。

お前さんも、傘を置いていくとええ」

庄吉は、手に持ったままの和傘を見下ろした。

骨がかすかに震え、紙の破れ目から黒い水がぽたぽたとこぼれている。

「……これは、拾ったもんで」

言い終わる前に、老人が顔を上げた。

笠の下からのぞいた顔には、目がなかった。

空洞の眼窩から、雨粒そっくりの黒い玉が、いくつもこぼれ落ちている。

それが畳に当たるたび、びしゃり、と水音がした。

「みんな、よく働いたのにな」

老人の声が、急に近くなる。

いつの間にか、庄吉の目の前まで来ていた。

冷たい指が、肩に触れる。

とたんに、体の芯まで冷水を流し込まれたような寒気が走った。

「もう一度だけ、役目を与えてやるんじゃ」

老人の口が、耳元にまで伸びてくる。

「お前さんの骨を、柄にしてやろう」

庄吉は反射的にその手を振りほどいた。

肩を押し返した勢いで体がよろけ、背中で戸を押し開ける。

外の冷たい雨が一気に吹き込んだ。

庄吉は転がるように石段を駆け降りた。

足元が滑り、泥が跳ねる。

振り返ると、祠はもうなかった。

そこにはただ、濡れた崖と、真っ黒な杉の列があるだけだ。

遠くに、灯りが見えた。

いくつも小さな灯が揺れている。

「村か!」

庄吉は息を切らしながら駆け出した。

家々の影、人の気配、煙の匂い。

誰かの笑い声も聞こえた気がした。

胸の奥に、熱いものが広がる。

「助かった……!」

その瞬間、灯りが、一つ残らず消えた。

目が慣れた闇の中に浮かび上がったのは、家ではなかった。

傘だ。

無数の傘が、道の両側にぎっしりと並んでいる。

さっき祠で見たものよりも、もっと古く、もっと歪んだ骨。

どれも、柄を下にして逆さまに立っていた。

開いた内側から、人の声がこもって漏れてくる。

笑い声、泣き声、怒鳴り声。

全部、雨に消されたはずの音だ。

「うそだろ……」

庄吉の足がすくんだ。

その足首に、ぬるりと冷たい感触が巻きついた。

見ると、自分の手にあったはずの古い傘の柄が、蛇のように伸びて足に絡みついている。

いつ手放したのか、覚えていない。

「離せ!」

 

 

蹴り上げても、柄はびくともしない。

かわりに、周りの傘が一斉に開いた。

ぱん、ぱん、と湿った音が夜に弾ける。

骨組みがきしり、笑い声のような音が重なった。

傘たちは地面から少し浮き上がり、庄吉に向かってじわじわと迫ってくる。

逃げようとした瞬間、足を絡め取っていた柄が強く引いた。

庄吉の体が前に倒れ、顔から一番近くの傘の中へ突っ込む。

ぬめった紙と布が、口と鼻にぴたりと貼りついた。

「ぐ、う……!」

息が吸えない。

湿った紙の味と、古い泥の臭いが、喉の奥まで流れ込んでくる。

内側から骨がきしみ、頭を挟み込む。

耳のすぐ横で、囁き声がした。

「雨を、しのいだ」

「よく、働いた」

男の声、女の声、子どもの声が、ぐちゃぐちゃに混ざって耳の奥を叩く。

それが全部、この傘に飲み込まれた者たちの声だと、庄吉は知ってしまった。

胸が焼けるように苦しい。

暴れても、紙は千切れない。

かわりに、別の傘の骨が背中と腕に絡みつき、じわじわと締め付けてくる。

指が、足が、冷たくしびれていく。

最後に見えたのは、自分と同じように傘の縁から突き出ている、何本もの足だった。

裸足、草履、子どもの小さな足。

どれもぴくりとも動かない。

やがて、庄吉の足もその中に混ざり、静かになった。

古道には、再び雨の音だけが残る。

ひとつ、傘が増えた。

他の傘と同じように、地面から少し浮かび、ゆっくりと開く。

中で何かが乾いていく音が、かすかにした。

雨が上がるころ、その傘はふわりと向きを変えた。

次の雨の日に、誰かが通りかかる場所へ、ゆっくりと移動していく。


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