幽霊博士の実験記録──AIが綴るショートホラーと恐怖作品紹介

「ホラー小説×AI創作」──AIが綴る怪談短編と、恐怖を解剖する作品紹介。

幽譚録#07「窓越しの女」

寝室の窓の向こうには、墓地がある。

賃料の安さに負けてこのアパートを選んだのは失敗だったと、綾乃は毎晩のように思っていた。夫は夜勤続きで、夜にこの部屋にいるのは、ほとんど彼女ひとりだ。

その夜も、食器を洗い終えて、なんとなく寝室の窓を見た。

薄いレースのカーテン越しに、墓石の黒い影が透けている。

ぞわりと背筋をなぞる寒気を振り払うように、彼女はテレビの音量を上げた。笑い声が部屋に広がるのに、視線だけが窓へ引き寄せられる。

――見られている。

そんな感覚が、急にはっきりとした形を持った。

「……やめてよ」

誰にともなく呟き、綾乃は立ち上がる。確かめるように、寝室に入った。

窓の向こうは暗い。街灯のオレンジ色だけが、墓石の列を浮かび上がらせている。

その隙間に、ひとつだけ白い影が立っていた。

女だった。長い髪が顔にかかり、薄いワンピースの裾が風もないのに揺れている。まっすぐ、綾乃の部屋の窓を見上げていた。

息が止まる。

瞬きした一瞬のあいだに、女は、少しだけ窓のほうへ寄っていた。

「……え?」

目をこすっても、女は消えない。墓石と墓石のあいだに、窮屈そうに立って、動かない。

こんな時間に、あんな場所に、人がいるはずがない。

「気のせい、気のせい……」

綾乃は早口で呟き、レースのカーテンを乱暴に閉めた。白い布がひらりと揺れる。

――それで終わるはずだった。

けれど、布越しに、まだ「目線」が刺さってくる。

カーテンのすぐ向こうに、誰かが立っている。そんな確信だけが、皮膚の裏を爪でなぞるように続いた。

翌朝、綾乃は管理人室を訪ねた。

「夜になると、墓地のほうから、誰かが見てる気がして……。眠れないんです」

細い体の年配の管理人は、少しだけ眉を寄せただけだった。

「その話、この部屋の前の方もしてましたよ」

「前の人も、見えたって……?」

「ええ。急に出て行かれてね。荷物もほとんど置いたままで。夜中にタクシー呼んで、そのまま」

綾乃の喉が、からからに乾く。

「何か、あったんでしょうか」

管理人は、彼女の顔を見ずに答えた。

「さあねぇ。でも、窓からお墓が見える部屋は、やっぱり……気にする人は気にしますよ」

慰めにもならない言葉が、余計に不安を広げた。

その夜も、女はいた。

カーテンを閉める前に一瞬だけ覗いた窓の向こうで、同じ場所から、同じ姿勢で見上げている。

光のない、黒い穴のような目。

「……見なければ、いなくなる」

そう信じて、綾乃は窓を背にして布団にもぐり込んだ。枕元のスマホの光に、必死で意識を縛りつける。

通知音が鳴る。

知らないカメラのアイコンが、ギャラリーに追加されていた。

撮った覚えのない写真を、震える指で開く。

薄いレースのカーテンの向こうに、窓ガラスへ顔を押しつけた女がいた。布越しに輪郭だけが浮かび上がり、目の位置だけ、黒く濡れて見える。

「や、だ……」

綾乃はスマホをベッドに投げ出した。

見てはいけない。

窓のほうを、絶対に見てはいけない。

そう思えば思うほど、意識は勝手にそちらへ引きずられていく。

すうっと、カーテンの向こうから音がした。

布を撫でるような、かすかな擦れる音。

シャッ、シャッ、と規則正しく、ガラスの向こうで何かが動く。

「……やめて」

潰れた声で呟いても、音は止まらない。カーテンの一部が、内側へわずかに膨らんだ。

そこだけ、何かがぴたりとくっついている。

綾乃は布団をかぶり、耳を塞いだ。音は、頭の内側で鳴り続けた。

――この部屋を出よう。

夜明け前、彼女は決めた。

引っ越せばいい。墓地の見えない場所に移れば、あの女とは縁が切れる。そう信じるしかなかった。

朝、夫に電話をかける。

「ごめん、もう無理。この部屋、怖くて……お願い、引っ越したい」

受話器の向こうで、夫はしばらく黙っていたが、やがてため息まじりに言った。

「……分かった。そんなに嫌なら、探そう。給料入ったら、すぐ動くよ」

「本当に?」

「本当。今日は早めに帰る」

その言葉だけが、救いに思えた。

夕方、夫が帰ってきた。

「内見、何件か予約したよ。週末には決めよう。それまでホテル泊まるか?」

「……うん」

荷物を少しだけまとめてふたりでアパートを出る。玄関の鍵を閉めた瞬間、背中に視線が刺さるような感覚があったが、振り返らなかった。

駅前のビジネスホテルの部屋は狭いが、窓の外には高層ビルの灯りしか見えない。

「ほら、ここなら平気だろ?」

夫がカーテンを開けて夜景を見せる。綾乃は、ただ頷いた。

シャワーを浴び、ベッドに身を沈めると、体から力が抜けていく。

「明日から、新しい部屋探そうね」

「そうだな」

その声を聞きながら、綾乃は眠りに落ちた。

ふと、目が覚めた。

部屋は暗い。カーテンは閉まっている。隣では、夫が静かに寝息を立てていた。

――ここは、ホテル。

そう心の中で繰り返し、胸の奥にわずかな安心が広がる。

もう、あの窓も、墓地も、あの女も関係ない。

そう思ったとき。

カーテンの向こうから、コン、コン、と、ガラスを爪で叩くような小さな音がした。

息が止まる。

ここは駅前だ。窓の外はビルの壁と空だけで――

コン、コン。

今度は、はっきりと。

綾乃は布団の中で固まった。夫は、何も聞こえないように眠り続けている。

カーテンの向こうから、かすれた女の声がした。

「……あけて」

喉の奥から、悲鳴にならない声が漏れた。

「やだ……」

それでも、体は勝手に動き出す。何かに引かれるようにベッドを降り、カーテンへ近づいていく。

布の向こうに、ぴたりと視線が当たった感覚がした。そこだけ空気が重くなる。

「開けて」

耳元で囁かれたように近い。

震える指が、カーテンの端をつまむ。

開けてはいけない。ここを開けたら、助からない。

分かっているのに、布はするりと横に滑っていった。

窓ガラスのすぐ向こうに、女がいた。

ガラス一枚を隔てて、顔を押しつけている。白く濁った目が、ぎょろりと見開かれたまま、綾乃を捉えていた。

 

 

窓の外には、墓地などない。ビルの壁と、わずかな夜空だけだ。

なのに、そのありえない場所に、女は貼りついている。

「みつけた」

女の口元が、ぎこちなく裂ける。

ガラスの内側に、ぽたりと黒い水滴が落ちた。女の目から染み出した、真っ黒な液体が、静かにすべっていく。

綾乃は、喉を押し潰されたような声をあげて後ずさった。

その足首を、背後から冷たい手がつかんだ。

振り返ると、そこにも女がいた。

ホテルの白いシーツを濡らしながら、ベッドの下から這い出してきた女が、同じ顔で、同じ目で笑っている。

窓の外の女と、部屋の中の女の視線が、ぴたりと綾乃を挟み込んだ。


読んでくださりありがとうございます。
よければ応援クリックお願いします。