深夜二時、俺はスマホの画面を凝視していた。SNSで回ってきた一枚の画像。「これを見たら呪われる」という触れ込みだったが、そんなの信じるわけがない。
画像には、真っ黒な何かが牙を剥いて襲いかかってくる様子が描かれていた。白く濁った目、鋭い牙、そして異様に長い舌。
馬鹿馬鹿しい。俺は画像を閉じて、ベッドに横になった。
だが、その瞬間だった。
部屋の電気が消えた。
真っ暗になった部屋で、目を凝らす。何も見えない。スマホを探そうとしたその時、廊下から音が聞こえてきた。
ぺちゃ、ぺちゃ、という湿った音。
何かが這いずる音だ。床を舐めるような、粘着質な音。
「誰だ?」
返事はない。音だけが近づいてくる。
部屋のドアがゆっくりと開いた。
そして、廊下から何かが入ってくる。
最初に見えたのは、床を這う細長い影だった。スマホのわずかな光で、その正体が明らかになる。
舌だ。
人間のものではない。異常に長い舌。ぬらぬらと光り、先端が蛇のように左右に揺れている。
舌は部屋の中をゆっくりと進んでくる。まるで匂いを嗅ぐように、床を舐めながら。
俺は声も出せずに固まっていた。
舌の先端が俺のベッドに到達する。這い上がってくる。生温かく、ぬめっている。
そして、舌の根元が見えた。
ドアの向こうから、巨大な影が現れる。
最初に見えたのは、鋭い爪だった。白く長い爪が、ドアの枠を掴む。次に見えたのは、黒く毛むくじゃらの腕。
そして、顔が現れた。
白く濁った目が二つ。瞳孔がない。ただ白いだけの目が、こちらを見ている。
鼻はない。あるべき場所に穴があるだけ。
そして口。異常なまでに大きく裂けた口。顎が外れているのかと思うほど開いている。中には無数の牙が並び、奥は真っ暗で底が見えない。
そこから伸びているのが、あの舌だった。
化け物は部屋に入ってくる。天井に頭がつかえるほど巨大だ。全身が黒い毛で覆われている。
化け物の口から、低いうなり声が漏れる。
ごぼごぼと、喉の奥から絞り出されるような音。
舌が俺の顔に触れた。頬を舐め上げる。唾液がべっとりとつく。腐った果物のような臭いがする。
「やめろ……」

ようやく声が出た。だが化け物は止まらない。
舌が俺の口を無理やりこじ開ける。抵抗するが、力が入らない。体が痺れている。
舌が口の中に侵入してくる。喉の奥まで、胃の中まで入り込んでくる。
吐き気がする。息ができない。
そして、何かが流れ込んでくるのを感じた。
舌を通して、化け物の中にあった何かが、俺の体に注入されていく。
熱い。体が内側から焼けるように熱い。
化け物が舌を引き抜く。俺は床に倒れ込んだ。
意識が遠のいていく。最後に見たのは、化け物が窓から消えていく姿だった。
そして、俺は眠りに落ちた。
目を覚ますと、朝だった。
ベッドの上で目を覚ました俺は、昨夜のことを思い出す。悪夢だったのか?
だが、口の中に異様な味が残っている。
鏡を見た。顔は普通だ。何も変わっていない。
ほっとして、仕事に行った。
だが、その夜。
深夜二時になった瞬間、異変が起きた。
体が勝手に動き出す。意思とは関係なく、足が玄関に向かう。
「何だ、何が起きてる?」
心の中で叫ぶが、体は止まらない。
玄関のドアを開ける。外に出る。隣の家に向かって歩き出す。
視界が変わっていく。色が失われ、白黒の世界になる。だが、一つだけ見える。
熱だ。家の中にいる人間の体温が、赤く光って見える。
窓に近づく。中には若い女性が一人、スマホを見ながらベッドに座っている。
俺の口が勝手に開く。顎が外れるほど大きく開く。
そして、舌が伸びる。自分の舌ではない。異様に長い、あの化け物と同じ舌が、口から這い出してくる。
窓の隙間から、舌が侵入していく。
「やめろ、やめてくれ!」
心の中で叫ぶが、体は命令に従う。
舌が部屋の中を這い回る。そして、女性の足に触れた。女性が気づいて悲鳴を上げる。
だが、もう遅い。
俺は窓を破って部屋に侵入する。
女性の部屋の鏡に、自分の姿が映った。
白く濁った目、無数の牙、長い舌を垂らした、あの画像と同じ化け物の姿だった。
女性は逃げようとするが、舌が絡みつく。そして――
翌朝、俺は自分のベッドで目を覚ました。記憶はある。昨夜、俺が何をしたか。
吐き気がする。だが、止められない。
スマホを見ると、SNSに通知が来ていた。昨夜、近所で若い女性が行方不明になったというニュース。
そして、俺のタイムラインには、新しい投稿があった。
誰かが、あの画像をシェアしている。
「これを見たら呪われるらしい」
コメント欄には、何人もの人が「見ちゃった」と書き込んでいる。
俺は震える手でスマホを握りしめた。
今夜、深夜二時になったら、また俺は化け物になる。
そして、あの画像を見た誰かを襲いに行く。
止められない。これが永遠に続く。
画像を見た者は、次の化け物になり、また次の誰かを襲う。
終わらない。ずっと。
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