大みそかの夜は、だいたいいつもこうなる。
テーブルの上には空いた缶と、半端に残った酒。
喉の奥が焼けるように気持ち悪く、頭は重い。
深酒だった。
理由ははっきりしている。
一年の終わりに、一人でいるのが耐えられなかった。
テレビはついている。
紅白なのか、もう別の番組なのか、よく分からない。
音だけが部屋に流れ、内容はまったく頭に入ってこない。
壁の時計を見る。
23時58分。
「……まだかよ」
思わず、独り言が漏れる。
早く終わってほしかった。
この一年も、この気分も。
ソファに身を沈めたまま、目を閉じる。
吐き気と後悔が、交互に押し寄せてくる。
「飲みすぎよ」
声がして、目を開けた。
妻が、そこにいた。
一瞬、何が起きているのか分からなかった。
いつものように、キッチンから声をかけられた気がした。
「……え?」
間の抜けた声が出る。
妻は湯のみを手に、こちらを見ている。
「だから言ったでしょう。ほどほどにしなさいって」
見慣れた口調。
見慣れた顔。
なのに、胸の奥が大きく跳ねた。
理由は分からない。
ただ、「あれ?」という感覚だけが残る。
「どうしたの?」
「いや……」
言葉が続かない。
なぜ驚いたのか、自分でも説明できない。
妻は気にした様子もなく、ソファに腰を下ろした。
「一年、長かったわね」
「ああ……ほんとにな」
そう答えた瞬間、不思議と気分が軽くなった。
さっきまでの最悪な酔いが、少しだけ引いていく。
「久しぶりだな、こうやって話すの」
「そう?」
妻は笑った。
その笑顔を見た途端、胸の奥が温かくなる。
楽しい。
久しぶりに、ちゃんと楽しい。
テレビの音が、少しだけはっきり聞こえた。
部屋の空気が、柔らかくなった気がした。
スマホを見る。
23時58分。
なぜか、日付は表示されていない。
「もうすぐだね」
妻が言う。
「何が?」
「年越し」
そう言われて、少し笑った。
「こんな気分で迎えるの、何年ぶりだろうな」
遠くで、低い音が鳴った。
――ゴーン。
除夜の鐘だ。
一回。
二回。
数えようとするが、途中で分からなくなる。
音の間隔が、微妙にずれている。
「ねえ」
妻が、何気ない調子で言った。
「毎年さ、年越しってうまくいかない人、いるでしょう」
「うまくいかない?」
「気づいたら終わってた、みたいな人」
「そんなに違うもんか?」
「違うわよ。ちゃんと切り替えられる人と、そうじゃない人」
妻はそう言って、壁の時計をちらりと見た。
「ぼーっとしてると、そのまま置いていかれるから」
時計を見る。
23時58分。
秒針が、わずかに震えたまま進まない。
テレビの画面が一瞬暗くなり、知らない映像に切り替わった。
見覚えのない年号。
玄関の外が、少し騒がしい。
人の声。
足音。
「そろそろね」
妻が立ち上がる。
「待てよ」
呼び止めると、彼女は振り返った。
そのとき、違和感がはっきりした。
この部屋に、妻の物がない。
靴も、コートも、普段使っていたマグカップも。
あるのは、写真立ての中の妻だけ。
思い出が、急に押し寄せた。
数年前の冬。
病室。
静かに下ろされたカーテン。
――そうだ。
妻は、もういない。
妻は何も言わず、ただ微笑んでいる。
その笑顔が、写真と同じだった。
「来年は……」
妻はそう言いかけて、言葉を止めた。
そして、玄関の向こうへ消えた。
壁の時計を見る。
23時58分。
変わらない。
――――――――――
新年の朝。
集合住宅の一室で、住人が発見された。
死亡推定時刻は、前日の夜。
大みそか。
テレビはついたまま、年明け特番を映している。
壁の時計は、23時58分で止まっていた。
部屋の中央で倒れていた遺体は、
年を越す瞬間を、待ち続けていたような表情をしていた。

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