元日の寒い朝、俺は配達用のバイクにまたがった。
バッグには何百枚もの年賀状が詰め込まれている。
郵便局の年末バイトも今年で三年目だ。
慣れた仕事のはずだった。
配達を始めて二時間ほど経った頃、嫌な計算が頭をよぎった。
この量では、どう考えても今日中に終わらない。
明日も、明後日も、この作業は続く。
配達ルートの端に、山間部の一軒家があった。
人里離れた場所で、片道三十分はかかる。
そこ宛の年賀状が、十数枚まとめて入っている。
俺はバイクを止めた。
誰も見ていない。
一軒のために往復一時間。
他にも配る場所はいくらでもある。
俺はその家宛の年賀状をすべて抜き取り、ポケットに押し込んだ。
後で捨てればいい。
誰にもバレない。
そう思って、配達を続けた。
翌日。
同じ家が、また今日の配達ルートに含まれていた。
「山崎様方」
バッグの中にも、その家宛の年賀状が入っている。
昨日、確かに捨てたはずなのに。
手に取ると、異様に冷たかった。
冬の空気とは違う、冷蔵庫の奥に触れたような冷たさだ。
宛名は手書きで、「山崎優子様」。
差出人欄は空白だった。
気味が悪くなり、俺はそれをまた配達から外した。
三日目。
同じ家が、またルートに入っている。
捨てても、翌日には戻ってくる。
裏面には赤い文字が増えていた。
「届けて」
四日目。
「どうして」
五日目。
年賀状は十枚以上に増えていた。
すべて「山崎優子様」宛。
裏面は、赤い文字でびっしりと埋め尽くされている。
「来て」
「来て」
「来て」
もう無視できなかった。
俺はバイクを走らせ、山道を登った。
人気のない道が続き、三十分後、古い日本家屋が見えてきた。
玄関先で年賀状を差し出そうとした瞬間、扉が開いた。
痩せた中年の女性が立っていた。
「郵便です」
女性は年賀状を受け取り、じっと見つめたあと、俺に尋ねた。
「あなた、優子を知ってる?」
知らないと答えると、女性は小さく笑った。
「優子は五年前に死んだの。
でもね、毎年たくさん年賀状が届くのよ。優子宛の」
少し間を置いて、こう続けた。
「今年は一通も来なかったから、心配してたの」
俺は何も言えなかった。
「ありがとう。これで安心したわ」
扉は、静かに閉まった。
局に戻り、ロッカーを開けた瞬間、息が止まった。
中には年賀状がぎっしり詰め込まれていた。
すべて「山崎優子様」宛。
裏面には、赤い字で俺の名前が何百回も書かれている。
最後の一枚だけ、違う文字だった。
「これからもお願いね」

その夜、俺は家に帰れなかった。
どれだけ走っても、同じ山道に戻ってしまう。
今も配達は終わらない。
届けても、翌日には戻ってくる。
山崎家のポストに入れるたび、
家の奥から、少女の声が聞こえる。
「お兄さん、今年もよろしくね」
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