夕暮れの住宅街で、足が止まった。
道の向こうから、四人家族がこちらへ歩いてくる。
父と母、子どもが二人。
全員が手をつなぎ、同じ歩幅、同じ速さで進んでいた。
不気味だったのは、笑顔だ。
口角の上がり方が、まるで一枚の写真を切り貼りしたように一致している。

瞬きをするたび、表情が微妙に遅れてついてくる気がした。
目が合った瞬間、胸の奥が冷えた。
視線はこちらを向いているのに、誰も見ていない。
硝子玉を並べたような目だった。
「こんばんは」
反射的に声をかけてしまう。
「こんばんは」
返事は即座だった。
四人の声が、重なっていた。
完全な同時ではない。
ほんの一拍ずれ、なのに一つの音に聞こえる。
耳の奥が、じんと痺れた。
父親が首を傾ける。
それに合わせ、母も、子どもたちも、同じ角度で首を傾けた。
骨が擦れる音が、どこかで鳴った気がした。
近づくにつれ、違和感が増す。
砂利道を歩いているのに、足音がない。
いや、正確には、音が地面に届いていない。
鼻を突く匂いに気づいた。
湿った土ではない。
鉄と、長く放置された肉のような匂い。
「どこへ行くんですか」
喉が張りついたまま、そう聞いた。
母親が答えた。
「帰るんです」
父親も、子どもたちも、同時にうなずく。
指さした先は、行き止まりの空き地だった。
取り壊された家の基礎だけが残る場所。
夜になると、誰も近づかないはずの場所。
「こちらです」
四人が、一歩前に出た。
その瞬間、父親の袖口から黒い染みが、内側から滲むように広がった。
母親の靴先は、赤黒く濡れている。
踏みしめるたび、濡れた布を潰す音がした。
子どもたちの指は、異様に白く、血が通っていない。
つながれた手の隙間から、細い糸のようなものが垂れ、地面に触れた途端、ふっと消えた。
逃げようとした。
足が、動かない。
視線を落とすと、自分の靴底にも、同じ糸が絡みついていた。
気づいたときには、両手をつかまれていた。
人の手ではなかった。
骨の感触がなく、冷たく、ぬるりとしている。
握られているのに、形が定まらない。
「一緒に帰りましょう」
父親の声が、腹の奥から響いた。
抵抗する暇もなく、視界が暗転する。
次に見えたのは、一軒の家だった。
空き地の奥に、存在するはずのない家が建っている。
見覚えがあった。
壁の染み、歪んだ郵便受け、欠けた表札。
自分の家だった。
玄関の前で、四人が立ち止まる。
父親が振り返り、あの笑顔のまま言った。
「ただいま」
胸の奥が、ぐしゃりと潰れる。
その瞬間、視界が裏返った。
道の向こうに、ひとりの人間が立っている。
怯えた顔で、こちらを見ている。
夕暮れの住宅街。
立ち尽くす、その姿。
さっきまでの、自分だった。
口が、勝手に動く。
頬が引きつり、同じ角度で笑っているのがわかる。
声が、自然にこぼれ落ちた。
「こんばんは」
四人分だったはずの声が、いつの間にか、五つに揃っていた。
その数が、まだ増える余地を残していることに、向こうの人間は、まだ、気づいていなかった。
読んでくださりありがとうございます。
よければ応援クリックお願いします。