幽霊博士の実験記録──AIが綴るショートホラーと恐怖作品紹介

「ホラー小説×AI創作」──AIが綴る怪談短編と、恐怖を解剖する作品紹介。

呪具記#09「黒板裏の星」

旧校舎の取り壊しが決まったのは、秋の終わりだった。

放送部の三年生、倉田は最後の記念番組を作ろうと思い立った。テーマは「消えゆく旧校舎の記憶」。古びた木造の廊下、軋む階段、ひび割れた窓ガラス。どれも懐かしさと寂しさを帯びた風景だった。

「倉田先輩、あっちの教室、黒板が外れかけてますよ」

後輩の遠藤が声を上げた。三階の奥、誰も使わなくなった教室だ。倉田が近づくと、確かに黒板の右端が壁から浮いている。試しに引っ張ってみると、思いのほか簡単に外れた。

埃が舞い上がる。

その奥に、何かが見えた。

壁に、深く彫り込まれた跡。逆さまの五芒星だった。星の頂点が下を向き、五つの先端がそれぞれ壁に食い込んでいる。彫られたというより、えぐられたような荒々しさがあった。

 

 

「なんだこれ……」

倉田は思わず呟いた。遠藤も後ろから覗き込む。

「昔の卒業生のいたずらですかね」

「にしては、深すぎる」

倉田は指で星の溝をなぞった。冷たかった。石膏の壁を削るには、相当な時間と労力が必要だったはずだ。それに、黒板の裏という隠れた場所にわざわざ彫る理由が分からない。

「これ、撮影しましょうよ。ミステリアスで番組映えしますよ」

遠藤が無邪気に言った。倉田は少し躊躇したが、結局頷いた。こんな奇妙なものが残っているなら、記録する価値はある。そう自分に言い聞かせた。

カメラを回し始めた時だった。

教室の奥で、何かが動いた気がした。倉田は咄嗟にカメラを向ける。だが、そこには何もない。古びた教卓と、倒れた椅子があるだけだ。

「……気のせいか」

撮影を続けた。黒板裏の星を様々な角度から映す。アップで撮ると、溝の底に何か黒いものが詰まっているのが見えた。墨か、それともカビか。

その時、教室の扉が勢いよく閉まった。

バタンという音が廊下に響く。二人は同時に振り返った。風だ、と倉田は思った。旧校舎は隙間だらけで、よく風が吹き抜ける。

「びっくりした……」

遠藤が胸を撫で下ろす。倉田も安堵の息を吐いた。

「もう十分撮れたし、戻ろうか」

そう言って、黒板を元に戻そうとした時だった。

星の中心に、何か文字のようなものが彫られているのに気づいた。倉田はスマホのライトで照らす。

「たすけ……て?」

判読できた文字はそれだけだった。ひらがなで、震えるような線で彫られている。他にも何か書いてあるようだが、摩耗して読めない。

「先輩、早く帰りましょうよ。なんか気持ち悪いです」

遠藤の声に促され、倉田は黒板を壁に戻した。ネジはもう緩んでいたので、完全には固定できなかったが、とりあえず元の位置に収まった。

二人は教室を後にした。

廊下を歩きながら、倉田はふと思った。あの星は、誰かが助けを求めて彫ったのだろうか。それとも、誰かを封じるために彫ったのだろうか。

どちらにしても、もう確かめる術はない。

放送室に戻り、映像を確認した。問題なく撮れている。遠藤は「これ、絶対に話題になりますよ」と興奮気味だった。倉田も少しずつ、あの不気味さが薄れていくのを感じた。

結局、ただの落書きだったのだろう。深読みしすぎていた。

「編集、明日から始めましょう。今日はもう遅いし」

「了解です」

二人は放送室を出た。旧校舎の照明を消し、鍵をかける。外はもう暗くなっていた。

家に帰ってから、倉田はシャワーを浴びた。体についた埃を流しながら、ふとあの星のことを思い出す。でも、もうそれほど気にならなかった。むしろ、いい素材が撮れたという満足感の方が大きかった。

ベッドに入り、目を閉じる。

すぐに眠りに落ちた。

夢を見た。

旧校舎の教室。黒板の前に、誰かが立っている。顔は見えない。その人物は、何かを壁に彫り続けている。ガリガリという音が教室に響く。星が、少しずつ形になっていく。

「なぜ」と倉田は尋ねた。

その人物は振り返らなかった。ただ、彫り続けた。

「閉じ込めなきゃ」

掠れた声が聞こえた。

「出てきちゃうから」

倉田は目を覚ました。

汗びっしょりだった。時計を見ると、午前三時。まだ夜中だ。喉が渇いていたので、水を飲みに台所へ向かう。

スマホに着信が入っていた。遠藤からだ。時刻は午前二時半。倉田は折り返した。

「もしもし、遠藤? こんな時間にどうした」

電話の向こうで、遠藤が震えた声で言った。

「先輩……あの黒板、戻しちゃいけなかったんです」

「え?」

「星、あれ……封印だったんです。ネットで調べたら、逆さ五芒星は何かを閉じ込めるために使うって……」

倉田は苦笑した。

「遠藤、考えすぎだよ。ただの落書きだって」

「違うんです! さっき、窓の外に誰かいたんです。こっちを見てて……」

「気のせいだろ。落ち着けよ」

「でも……」

倉田は優しく諭した。取り壊される旧校舎に、そんなオカルトじみた話を結びつけるのは良くない。遠藤も疲れているんだろう。

「明日、ちゃんと話そう。今は寝ろ」

「……はい」

電話を切った。倉田は再びベッドに戻った。でも、なぜか眠れなかった。

翌朝。

学校に行くと、遠藤が来ていなかった。連絡もない。倉田は心配になり、遠藤の家に電話をかけた。

母親が電話に出た。

「遠藤くん、今朝早くに出かけたきり戻ってないんです。もしかして、学校に?」

倉田は首を横に振るような気持ちで答えた。

「いえ、来てません」

遠藤の母親の声が不安そうに震えた。倉田は嫌な予感がした。

放課後、旧校舎に向かった。もしかしたら、遠藤はあの教室に戻ったのかもしれない。黒板を確かめに。

三階の廊下は静まり返っていた。

あの教室の扉を開ける。

黒板が、床に落ちていた。

壁の星が、剥き出しになっている。

そして、星の中心に。

遠藤が、いた。

壁に埋まるように、星の中に。

目だけがこちらを向いていた。口は動かない。体は壁と一体化している。ただ、目だけが。助けを求めるように。

 

 

倉田は悲鳴を上げることもできなかった。

ただ、理解した。

黒板を外したこと。星を露わにしたこと。それが、何かを解放してしまったのだと。

そして、遠藤は星を塞ごうとして、代わりに取り込まれたのだと。

倉田は震える手で、黒板を拾い上げた。壁に戻さなければ。封じなければ。それが、最善だと思った。

黒板を壁にあてがう。

遠藤の姿が隠れる。

ネジを締めようとした時、背後で何かが動く気配がした。

振り返ることはできなかった。

教室の扉が、ゆっくりと閉まっていく音だけが聞こえた。

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それから数日後、放送部の部室で倉田の荷物が見つかった。カメラには、旧校舎の映像が残っていた。黒板裏の星も、ちゃんと映っていた。

でも、倉田の姿はどこにもなかった。

取り壊しは予定通り進められた。

旧校舎は、跡形もなく消えた。


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