幽霊博士の実験記録──一話完結の現代怪談・短編ホラー集

「ホラー小説×AI創作」──AIが綴る怪談短編と、恐怖を解剖する作品紹介。

都市怪談録#11「禁忌の個室」

田中誠は、残業を終えた午前二時、駅近くの公衆トイレに立ち寄った。

街灯が一本だけ瞬いている。コンクリートの壁は染みだらけで、排水溝からは腐った水の匂いが漂っていた。

個室は五つ。田中はいつも通り、手前から入ろうとした。

その時、トイレの入り口に貼り紙があることに気づいた。

黄色く変色した紙に、手書きの文字。

「毎月十三日の深夜は、奥から二番目の個室に入らないでください」

田中は苦笑した。都市伝説の類だろう。子供じみたいたずらか、あるいは管理者が面白半分に貼ったのか。スマートフォンで写真を撮り、SNSにでも投稿しようかと思った。

だが、ふと手が止まる。

今日は何日だったか。

カレンダーアプリを開く。

十三日。

田中の口元に、薄い笑みが浮かんだ。

「じゃあ試してみるか」

疲労と深夜特有の高揚感が、判断を鈍らせていた。

奥から二番目の個室。四番目のドアの前に立つ。

 

 

鍵はかかっていない。取っ手は冷たかった。金属の冷たさではなく、もっと深いところから来る冷たさ。骨まで届くような。

引いた。

個室の中は、他と変わらなかった。白い便器、薄汚れた壁、天井の蛍光灯がじじじ、と小さく鳴いている。

田中は中に入り、ドアを閉め、鍵を回した。

カチリ。

用を足しながら、田中はスマートフォンを眺めた。特に何も起きない。霊感など微塵もない自分には、何も見えないのかもしれない。

立ち上がり、ズボンを直し、ドアに手をかけた。

その時。

ドアの外側から、引っ掻くような音がした。

爪で、ゆっくりと。

ざり。ざり。ざり。

田中は動きを止めた。

「誰かいますか」

返事はない。ただ、引っ掻く音だけが続く。

鍵を開け、ドアを引いた。

誰もいない。

当然だ、と自分に言い聞かせる。

だが、ドアの外側に目をやった瞬間、田中の全身から血の気が引いた。

ドアに、文字が浮かんでいた。

白い塗装の中から、にじみ出るように。まるで木の内側から滲む樹液のように。

「田中 誠」

自分の、フルネームだった。

田中は後退り、壁に背中をぶつけた。

なぜ。なぜ名前を。

スマートフォンを取り出し、写真を撮ろうとした。シャッターを切る。

確認すると、写っているのは白いドアだけだった。文字はない。

もう一度、目を向ける。

文字は、まだそこにあった。

田中誠。田中誠。田中誠。

最初は一つだった文字が、じわじわと増えていく。同じ名前が、ドアを埋め尽くすように。

だが、よく見ると、すべて同じではなかった。

名前の横に、小さく日付が刻まれていた。

先月の十三日。

その前の十三日。

さらに、その前の十三日。

どれも、田中には覚えのない日付だった。

田中は叫んだ。個室を飛び出し、洗面台にぶつかり、転びそうになりながら出口へ向かった。

外に出た。夜風が頬を叩く。

振り返ると、トイレの入り口に貼られた黄色い紙が揺れていた。

田中は肩で息をしながら、紙を凝視した。

あることに気づく。

貼り紙の下の方、変色した紙の端に、小さな文字が続いていた。先ほどは気づかなかった部分。

「なぜなら、その個室は、入った者の名前を記録するからです」

記録。

田中は眉をひそめた。記録して、それで何だというのか。怖がらせたいだけなら、もっと直接的な文言にすればいい。

さらに下に、文字は続いていた。

「記録された者は、次の十三日に、必ずここへ戻ってきます」

戻ってくる。

田中はゆっくりと、その言葉を反芻した。

怖い話としては、陳腐なオチだ。来月また来てしまう、というだけの話か。それほど恐ろしくはない。

ほっとして、田中は踵を返した。

家に帰ろう。シャワーを浴びて、寝ればいい。

歩き出す。

だが、十歩も進まないうちに、田中は立ち止まった。

奇妙な感覚があった。

来た道を、確認する。駅から、このトイレに来るまでの道筋を。

記憶が、ない。

残業を終えたこと、駅を出たこと、そこまではある。

だが、なぜ今夜、このトイレに来ようと思ったのか。

田中はいつも、別の道を通って帰る。このトイレの前を通ることは、ほとんどない。

にもかかわらず今夜、なぜかここへ来た。貼り紙を見た。そして、禁じられた個室に入った。

まるで、引き寄せられたように。

田中は、ゆっくりと振り返った。

スマートフォンのカレンダーを、もう一度開く。

今日は十三日。

胃の底が、冷えた。

もしも貼り紙の言葉が本当なら、記録された者は次の十三日に戻ってくる。

ならば自分は。

自分は今夜、初めてここへ来たのか。

それとも。

ポケットに手を入れると、何かが触れた。小さな紙切れ。取り出すと、ぐしゃぐしゃに丸められたレシートだった。

広げると、レシートではなかった。

黄色く変色した紙に、手書きの文字。

自分が、先ほどトイレの入り口で見たものと、まったく同じ貼り紙だった。

いつ、こんなものをポケットに入れたのか。

覚えていない。

田中の手が、小刻みに震えだした。

裏返すと、そこにも文字があった。

貼り紙の表には書かれていなかった、続きの文章。

「これは、何度目ですか」


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