幽霊博士の実験記録──一話完結の現代怪談・短編ホラー集

一話完結の現代怪談・短編ホラーを掲載。心霊、都市伝説、人間の狂気、呪物、学校の怪談など、日常に潜む違和感をテーマにした創作ホラー集。

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このブログで公開している短編怪談を、まとめ読みしやすい短編集として再編集しました。
ブログ未掲載の限定収録作も追加しています。

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狂気譜#11「返事をしない子」

朝の通学路は、いつも六人で歩く。

ハルト、ユイ、ソウタ、メイ、リク、それからミオ。

家の近い順に集まって、信号を渡って、長い坂道をのぼる。それが毎朝の決まりだった。

「今日も眠い」

ハルトがあくびをしながら言うと、ユイが笑った。

「昨日もそれ言ってたよ」

ソウタが先頭を歩き、リクが石を蹴りながらついていく。メイはランドセルのポケットからガムを取り出して、みんなに配った。

「ミオもいる?」

メイがそう聞きながら振り返る。

ミオは、いつも列の一番うしろを歩いている。背が低くて、髪が長くて、ほとんどしゃべらない子だった。

でも、毎朝ちゃんとついてくる。

挨拶をしても、返事はしない。ただ小さくうなずくだけ。それがミオのいつものやり方だった。

「ミオ、ガムいる?」

メイがガムを差し出す。

ミオは、うなずきもしなかった。

ただ、じっとメイの顔を見ていた。

その日はそれだけだった。誰も気にしなかった。

次の日も、その次の日も、ミオはついてきた。

うしろを歩いて、誰かが話しかけても、目を合わせるだけで何も言わない。

「ミオって、好きな給食ある?」

ユイが聞いても、答えはない。

「漢字ドリル、もう終わった?」

ソウタが聞いても、答えはない。

質問はいつも、ミオの少し手前で空気に溶けて消えていくようだった。

ハルトがふざけて「ミオ、ゾンビみたいだぞ」と言ったときも、ミオは表情を変えなかった。ただこちらを見つめ返してきただけだった。

それが少し、不気味だった。

 

 

ある朝、リクが立ち止まって言った。

「なあ、ミオっていつから喋らなくなったんだっけ」

誰も答えられなかった。

ソウタが首をかしげる。

「最初からそうじゃなかった?」

「いや、前は喋ってた気がする」

ユイがそう言いかけて、口をつぐんだ。

思い出そうとすると、ミオの声がどうしても出てこない。

笑った顔も、泣いた顔も、なぜか思い出せない。

ただ、後ろにいる気配だけは、はっきりと覚えていた。

坂道の途中、電柱のところでミオはいつも一瞬だけ遅れる。

そのたび振り返ると、ちゃんと同じ場所に立っている。

距離は変わらない。近づきもしないし、離れもしない。

ある日、リクがわざと立ち止まって、ミオが追いつくのを待ってみたことがあった。

足を止めて、十秒、二十秒。

それなのに、ミオとの距離はまったく縮まらなかった。

歩いていないのに、歩いているのと同じ速さでついてくる。

リクはそれ以来、二度と立ち止まらなかった。

「なんか、最近のミオ、ちょっと怖くない?」

メイが小さな声で言った。

「分かる。目、全然そらさないし」

リクがうなずく。

「気のせいだよ、たぶん」

ハルトはそう言ったけれど、自分でもあまり信じていなかった。

その週の終わり、教室で出席を取っていたとき、先生が名簿を見ながら首をかしげた。

「あれ、今日は五人しかいないね」

ハルトが手を挙げた。

「先生、ミオは?」

先生が名簿に指を這わせる。

「ミオ……? そんな名前、うちのクラスにないけど」

教室がしんと静まった。

「いますよ、毎朝一緒に通学路を歩いてる子です。髪が長くて、背が低くて」

ユイが必死に説明する。

先生は困ったように笑った。

「このクラスは五人だよ。最初からずっとね。転校生も来てないし」

誰かの聞き間違いだろうと、先生は授業を始めた。

でも、五人とも、絶対に聞き間違いではないと分かっていた。

その日の帰り道、誰も口をきかなかった。

坂道を下りながら、ハルトはどうしても振り返ってしまう。

うしろには、誰もいない。

いつもミオが歩いていた場所に、誰の足音もない。

それなのに、視線だけは感じた。

「……今日、ミオ来てないね」

メイがぽつりと言う。

「うん」

ソウタが短く答えた。

誰もそれ以上、何も言わなかった。

家に帰って、ハルトは机の引き出しから、去年のクラス写真を取り出した。

六人並んだ写真。

ハルト、ユイ、ソウタ、メイ、リク、そして真ん中に、もう一人。

その子の顔だけ、なぜかぼんやりとにじんでいて、誰なのか分からない。

裏を見ると、小さく名前が書いてあった。

ミオ。

その下に、もう一行、見覚えのない文字で書き足されていた。

「いつもありがとう。みんなのこと、ずっと見てるから」

ハルトの手から、写真が滑り落ちた。

拾い上げようとして、ふと気づく。

写真の中の自分たちは、五人しかいなかったはずなのに、数えると六人いる。

うしろにもう一人、にじんだ顔のまま、こちらを見つめている。

次の朝、通学路には五人が集まった。

誰も、うしろを振り返らなかった。

でも、坂道をのぼる間中、誰かの足音が、ずっとついてきていた。

そしてその足音は、いつもより、少しだけ近かった。

坂道をのぼりきったところで、ハルトは思わず数を数えてしまった。

一、二、三、四、五。

それから、もう一度数えた。

一、二、三、四、五、六。

「……ユイ?」

ハルトが声をかけると、隣を歩いていたユイが、ゆっくりとこちらを向いた。

笑っていなかった。

まばたきも、していなかった。

「どうしたの」と聞こうとして、ハルトは気づいた。

ユイの口は、動いていない。

それなのに、声だけが確かに聞こえていた。

ソウタもメイもリクも、いつもどおり前を向いて歩いている。

ユイの異変になど、誰も気づいていないようだった。

まるで、最初からそこにいるのが、当たり前であるかのように。

家に帰って、ハルトは震える手で、昨日の写真をもう一度取り出した。

にじんで見えなかったはずの顔が、今ははっきりと写っていた。

ユイだった。

そしてその隣で、もう一人の顔が、ゆっくりとにじみ始めていた。

それは、ハルト自身の顔だった。


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