朝の通学路は、いつも六人で歩く。
ハルト、ユイ、ソウタ、メイ、リク、それからミオ。
家の近い順に集まって、信号を渡って、長い坂道をのぼる。それが毎朝の決まりだった。
「今日も眠い」
ハルトがあくびをしながら言うと、ユイが笑った。
「昨日もそれ言ってたよ」
ソウタが先頭を歩き、リクが石を蹴りながらついていく。メイはランドセルのポケットからガムを取り出して、みんなに配った。
「ミオもいる?」
メイがそう聞きながら振り返る。
ミオは、いつも列の一番うしろを歩いている。背が低くて、髪が長くて、ほとんどしゃべらない子だった。
でも、毎朝ちゃんとついてくる。
挨拶をしても、返事はしない。ただ小さくうなずくだけ。それがミオのいつものやり方だった。
「ミオ、ガムいる?」
メイがガムを差し出す。
ミオは、うなずきもしなかった。
ただ、じっとメイの顔を見ていた。
その日はそれだけだった。誰も気にしなかった。
次の日も、その次の日も、ミオはついてきた。
うしろを歩いて、誰かが話しかけても、目を合わせるだけで何も言わない。
「ミオって、好きな給食ある?」
ユイが聞いても、答えはない。
「漢字ドリル、もう終わった?」
ソウタが聞いても、答えはない。
質問はいつも、ミオの少し手前で空気に溶けて消えていくようだった。
ハルトがふざけて「ミオ、ゾンビみたいだぞ」と言ったときも、ミオは表情を変えなかった。ただこちらを見つめ返してきただけだった。
それが少し、不気味だった。

ある朝、リクが立ち止まって言った。
「なあ、ミオっていつから喋らなくなったんだっけ」
誰も答えられなかった。
ソウタが首をかしげる。
「最初からそうじゃなかった?」
「いや、前は喋ってた気がする」
ユイがそう言いかけて、口をつぐんだ。
思い出そうとすると、ミオの声がどうしても出てこない。
笑った顔も、泣いた顔も、なぜか思い出せない。
ただ、後ろにいる気配だけは、はっきりと覚えていた。
坂道の途中、電柱のところでミオはいつも一瞬だけ遅れる。
そのたび振り返ると、ちゃんと同じ場所に立っている。
距離は変わらない。近づきもしないし、離れもしない。
ある日、リクがわざと立ち止まって、ミオが追いつくのを待ってみたことがあった。
足を止めて、十秒、二十秒。
それなのに、ミオとの距離はまったく縮まらなかった。
歩いていないのに、歩いているのと同じ速さでついてくる。
リクはそれ以来、二度と立ち止まらなかった。
「なんか、最近のミオ、ちょっと怖くない?」
メイが小さな声で言った。
「分かる。目、全然そらさないし」
リクがうなずく。
「気のせいだよ、たぶん」
ハルトはそう言ったけれど、自分でもあまり信じていなかった。
その週の終わり、教室で出席を取っていたとき、先生が名簿を見ながら首をかしげた。
「あれ、今日は五人しかいないね」
ハルトが手を挙げた。
「先生、ミオは?」
先生が名簿に指を這わせる。
「ミオ……? そんな名前、うちのクラスにないけど」
教室がしんと静まった。
「いますよ、毎朝一緒に通学路を歩いてる子です。髪が長くて、背が低くて」
ユイが必死に説明する。
先生は困ったように笑った。
「このクラスは五人だよ。最初からずっとね。転校生も来てないし」
誰かの聞き間違いだろうと、先生は授業を始めた。
でも、五人とも、絶対に聞き間違いではないと分かっていた。
その日の帰り道、誰も口をきかなかった。
坂道を下りながら、ハルトはどうしても振り返ってしまう。
うしろには、誰もいない。
いつもミオが歩いていた場所に、誰の足音もない。
それなのに、視線だけは感じた。
「……今日、ミオ来てないね」
メイがぽつりと言う。
「うん」
ソウタが短く答えた。
誰もそれ以上、何も言わなかった。
家に帰って、ハルトは机の引き出しから、去年のクラス写真を取り出した。
六人並んだ写真。
ハルト、ユイ、ソウタ、メイ、リク、そして真ん中に、もう一人。
その子の顔だけ、なぜかぼんやりとにじんでいて、誰なのか分からない。
裏を見ると、小さく名前が書いてあった。
ミオ。
その下に、もう一行、見覚えのない文字で書き足されていた。
「いつもありがとう。みんなのこと、ずっと見てるから」
ハルトの手から、写真が滑り落ちた。
拾い上げようとして、ふと気づく。
写真の中の自分たちは、五人しかいなかったはずなのに、数えると六人いる。
うしろにもう一人、にじんだ顔のまま、こちらを見つめている。
次の朝、通学路には五人が集まった。
誰も、うしろを振り返らなかった。
でも、坂道をのぼる間中、誰かの足音が、ずっとついてきていた。
そしてその足音は、いつもより、少しだけ近かった。
坂道をのぼりきったところで、ハルトは思わず数を数えてしまった。
一、二、三、四、五。
それから、もう一度数えた。
一、二、三、四、五、六。
「……ユイ?」
ハルトが声をかけると、隣を歩いていたユイが、ゆっくりとこちらを向いた。
笑っていなかった。
まばたきも、していなかった。
「どうしたの」と聞こうとして、ハルトは気づいた。
ユイの口は、動いていない。
それなのに、声だけが確かに聞こえていた。
ソウタもメイもリクも、いつもどおり前を向いて歩いている。
ユイの異変になど、誰も気づいていないようだった。
まるで、最初からそこにいるのが、当たり前であるかのように。
家に帰って、ハルトは震える手で、昨日の写真をもう一度取り出した。
にじんで見えなかったはずの顔が、今ははっきりと写っていた。
ユイだった。
そしてその隣で、もう一人の顔が、ゆっくりとにじみ始めていた。
それは、ハルト自身の顔だった。
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