幽霊博士の実験記録──AIが綴るショートホラーと恐怖作品紹介

「ホラー小説×AI創作」──AIが綴る怪談短編と、恐怖を解剖する作品紹介。

妖異抄#07「橋姫の水鏡」

終電を逃した。

橋本は息を吐いて、川に架かる古い橋を渡り始めた。タクシーを拾うには遠回りだが、この橋を渡れば自宅まで徒歩二十分で着く。

深夜の橋には街灯がまばらで、欄干の影が長く伸びている。川面からは冷たい風が吹き上げてきた。

ふと、欄干に寄りかかる女の姿が見えた。

黒いコートを着て、長い髪を垂らしている。橋本は少し足を緩めた。こんな時間に女性が一人でいるのは物騒だ。

「大丈夫ですか」

声をかけると、女はゆっくりと顔を上げた。

青白い顔だった。目の下に濃い隈があり、唇は血の気が失せている。

「ああ、はい。ちょっと気分が悪くて」

女は力なく笑った。橋本は少しほっとした。酔っているのかもしれない。

「大丈夫そうですか? 救急車、呼びましょうか」

「いえ、もう平気です。優しいんですね」

女は欄干から離れ、橋本の方へ一歩近づいた。髪から川の匂いがした。

「ねえ、あなたの顔、水に映してみてくれませんか」

「え?」

唐突な言葉に橋本は戸惑った。

「この橋から見る水面って、すごく綺麗なんです。自分の顔が、はっきり映るの」

女は欄干を指差した。橋本は断る理由も見当たらず、欄干に近づいて下を覗き込んだ。

暗い川面に、街灯の光がゆらゆらと揺れている。

目を凝らすと、確かに自分の顔が映っていた。ぼんやりとした輪郭。疲れた表情。

「ほら、映ってるでしょう」

女の声が耳元で囁いた。近い。振り返ろうとして、橋本は凍りついた。

水面に、二つの顔が映っている。

自分の顔の隣に、女の顔。

だが、その顔は――

濡れて肌に張り付いた髪。崩れかけた鼻。白く膨れ上がった頬。水死体の顔だった。

 

 

橋本は悲鳴を上げて振り返った。

女はそこにいた。さっきと同じ、青白いだけの普通の顔で。

「どうしたんですか」

女は不思議そうに首を傾げている。

「い、いや……」

橋本は息を整えようとした。見間違いだ。暗くて、疲れていて、光の加減で――

「もう一度、見てみてください」

女が言った。

「水面に映る本当の顔が見えるんです、この橋では」

橋本は後ずさった。女は微笑んでいる。その微笑みが、どこか哀しげに見えた。

「私、ここで死んだんです。ずっと昔に」

足が震えた。逃げなければ。

女は橋本を追わず、ただ欄干に手を置いて、静かに言った。

「でも、今は違うの。誰かを道連れにすれば、私は解放される。そう教えてもらったから」

橋本は走り出した。

背後から笑い声が聞こえた気がした。

橋を渡りきり、街灯の下で息を整える。振り返ると、橋の上には誰もいない。

夢だ。幻覚だ。

そう自分に言い聞かせながら、橋本は自宅へ向かった。

翌朝、橋本は鏡の前で固まった。

顔を洗おうと洗面台に手をついた瞬間、鏡に映った自分の顔が――違った。

髪が濡れて張り付いている。肌が白く膨れている。口が、ゆっくりと開いて、水が溢れ出した。

悲鳴を上げて目を閉じる。もう一度開けると、普通の自分の顔が映っている。

手が震えた。

会社を休んだ。一日中、鏡を避けて過ごした。だが夜、トイレの鏡に、暗い窓ガラスに、スマホの黒い画面に――その顔が映り込む。

水死体の顔。自分の顔。

二日目の夜、橋本は眠れなかった。

目を閉じると、川の水音が聞こえる。ベッドが濡れている気がして跳び起きると、シーツは乾いていた。だが部屋中に、川の匂いが充満していた。

喉が渇いた。台所へ行き、コップに水を注ぐ。

飲もうとして、手が止まった。

コップの中の水面に、あの顔が映っている。膨れ上がった顔が、水の中から橋本を見上げていた。

コップを床に叩きつけた。水が飛び散る。その水たまりにも、顔が浮かんでいた。

三日目、橋本の身体は川の水を求め始めた。

喉の渇きが止まらない。水を飲んでも飲んでも、渇きは癒えない。鏡を見るたびに、自分の肌が少しずつ白く膨れていくように見えた。

会社から電話がかかってきた。無視した。友人からのメッセージも無視した。

部屋の隅で膝を抱えていると、窓の外から川の音が聞こえた。ここは川から遠く離れているのに。

その音は優しく、穏やかで、橋本を呼んでいた。

おいで、と。

楽になれる、と。

気づけば玄関に立っていた。靴を履いていた。足が勝手に動いていた。

あの橋へ向かっていた。

三日後、橋本は再びあの橋を訪れた。

女が待っていた。

「来ると思ってた」

女は欄干にもたれて、哀しそうに笑った。

「どうすれば……どうすれば元に戻るんだ」

橋本の声は震えていた。三日間、鏡に映る自分の顔から逃げ続けた。眠れば悪夢を見た。川底を這いずる夢。無数の手が足首を掴む夢。水を飲み込んで、もがいて、沈んでいく夢。目覚めるたびに、枕が濡れていた。涙なのか、川の水なのか、わからなかった。

「簡単よ。あなたも誰かに水面を見せればいい。そうすれば、呪いは移る」

「そんなこと、できない」

「じゃあ、あなたはこのまま」

女は首を傾げた。

「やがて本当に、その顔になるの。水に引き寄せられて、この橋から落ちる。私みたいに」

橋本は膝から崩れ落ちた。

「私も最初は拒んだわ。でも無理だった」

女は欄干の向こうを見つめている。

「誰かを犠牲にするか、自分が死ぬか。どちらかしかないの」

沈黙が落ちた。

やがて橋本は立ち上がった。顔を上げると、女の姿は消えていた。

それから一週間後。

夜の橋で、橋本は若い女性に声をかけた。

「すみません、ちょっといいですか」

女性は警戒した顔で立ち止まった。

「この橋から見る水面、すごく綺麗なんです」

橋本は欄干を指差した。自分でも信じられないほど、自然な笑顔が作れた。

「ちょっとだけ、見てみてくれませんか」

女性は迷ったあと、欄干に近づいた。

下を覗き込む。

その瞬間、橋本の顔から何かが抜けていくのを感じた。軽くなる。解放される。

女性が息を呑んだ。

「あの……これ、何……?」

振り返った女性の顔は青ざめていた。橋本は何も答えず、橋を渡り去った。

背後から、女性の悲鳴が聞こえた。

自宅に戻り、鏡を見る。

普通の自分の顔が映っていた。

橋本は安堵のため息をついた。終わったのだ。あの呪いから解放された。

だが――

鏡の奥で、何かが笑った気がした。

よく見ると、自分の目の奥に、別の誰かの顔が透けて見える。女の顔。そしてその奥にも、また別の誰かの顔。

どこまでも、どこまでも続く顔の連鎖。

橋本の口が、勝手に動いた。

「次は、あなたの番」

鏡の中の自分が、そう囁いた。


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